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手紙と春風の届く頃

――マプクブルーム連邦 郊外・ヴァルク牧場にて――


 午後の風が、牧場の柵をゆっくりと撫でていった。

 干し草の香りが漂う中、リーネ・ヴァルクは木の椅子に腰を下ろし、一通の封書を手に取った。

 差出人は、エルドリア帝国南部に住む息子夫婦――アルディンとネリス。

 二人が営む喫茶店リーヴ・ウィスパーは、開店から二十年を迎えるという。

 今でも変わらず、あの店の窓辺には珈琲と紅茶の香りが漂っているのだろう。


 封を切る手が、自然と弾んだ。

 便箋には、次男ルシェルとその婚約者セリアの近況が綴られていた。

 二人は長い冒険生活に区切りをつけ、新しい生活を始めようとしているという。

 そして――リーネの牧場のことが、話題に上っていた。


「母さん、もしよかったら、ルシェルたちを牧場に住まわせてやれないだろうか。

 あの子たちにも落ち着ける場所が必要なんだ。」


 その一文を読んだ瞬間、リーネの胸の奥が温かくなった。

 思わず目尻が下がり、ほうっと笑みがこぼれる。


「そうねぇ……ほんと、楽しみだわ。あの子たちが牧場に来てくれる日が。」


 つぶやきながら、彼女は机の上の古びた便箋を取り出した。

 手紙を書くのは久しぶりだったが、指先が軽い。

 まるで若い頃に戻ったように、言葉が自然と浮かんでくる。


「アルディン、ネリスへ。

 ルシェルたちのこと、もちろん大歓迎よ。

 あの子たちに伝えてね、いつでもおいでって。」


 書き終えた手紙を丁寧に封じ、胸に抱く。

 外はまだ陽が高く、丘の向こうで羊たちがのんびりと草を食んでいた。

 「行ってくるよ」と小声で呟き、リーネは郵便局へと足を向けた。


***


 マプクブルーム連邦の小さな郵便局は、いつも通り穏やかだった。

 木の扉を押して入ると、カウンターの奥で鳥人族の男性局員ターナ・ロロリゲスが書類を整理していた。

 中堅職員で、お人好しながら仕事には真面目な男だ。


「おや、リーネさん。今日もお元気そうで。」


「ええ、ターナさん。手紙をね、息子たちに送ろうと思って。」


 笑顔で封筒を差し出すリーネ。

 その顔には、隠しきれない嬉しさが滲んでいた。


 宛先を確認したターナが、目を細めて頷く。


「エルドリア帝国南部宛てですね。

 ――確か、喫茶店リーヴ・ウィスパーをやってらっしゃる息子さんでしたね。」


「そうなの。アルディンとネリス、二人とも元気にやってるみたい。

 手紙を読んだらもう、嬉しくてねぇ。」


 リーネがそう言って頬を緩めると、奥からケンタウルス族の女性局員ナタリー・ランドリアが顔を出した。

 おっとりした性格で、恋愛話が好きな彼女は、少し首をかしげる。


「いいですねぇ……私も、誰かに“待ってる”って言われてみたいですよ~。

 うちの彼なんて、最近ぜんぜん連絡くれなくて。」


 リーネが思わず苦笑する。

 ターナは書類に印を押しながら、軽くため息をついた。


「ナタリー、勤務中ですよ。話し出したら止まらないんですから。」


「はぁい……でも聞いてくださいよ~、この前なんて――」


「ほら、リーネさんもお忙しいでしょう? お話はあとで。」


 ターナの穏やかな声に、ナタリーは頬をふくらませたが、すぐに笑って肩をすくめた。

 そのやり取りに、リーネもつられて笑ってしまう。


「ほんと、仲のいい職場ねぇ。ここに来ると、心がほっとするわ。」


 封書はやがて、送達印とともにターナの手で丁寧に仕分けられた。

 リーネは軽く頭を下げ、扉の外へ出る。


 牧場へ帰る道すがら、夕陽が丘をオレンジに染めていた。

 リーネはそっと空を見上げ、風に揺れる髪を押さえながら呟く。


「――待ってるわよ、ルシェル。セリア。いつでもおいで。」


 その声は、牧草の香りとともに、春の風に溶けていった。


登場人物

リーネ・ヴァルク(人族)

 マプクブルーム連邦の片田舎で牧場を営む祖母。夫に先立たれて五年。世話焼きで町の人々から慕われる。最近は魔獣害に悩む。


アルディン・ヴァルク(人族・元冒険者)

 喫茶店リーヴ・ウィスパーの店主。温厚で冗談好き。若い頃は槍の名手。


ネリス・ヴァルク(ダークエルフ族・元傭兵)

 アルディンの妻。戦場を知る冷静な女性。紅茶と珈琲の淹れ方にこだわりを持つ。


ルシェル・ヴァルク(ダークエルフ族・冒険者)

 リーネの次男。サンストーン・カリフェート滞在中。婚約者セリアと共に冒険者を引退予定。


セリア・アルフリード(エルフ族・魔導師)

 ルシェルの婚約者。理知的で穏やか。ルシェルと共に新しい生活の地を探している。


ライオット・ヴァルク(人族・鍛冶職人)

 リーネの長男。エルドリア帝国首都在住。妻メイナと息子カイと暮らす。穏やかで真面目な性格。


メイナ・ヴァルク(人族)

 ライオットの妻。快活で明るく、家庭を明るく支える良き伴侶。


カイ・ヴァルク(人族・5歳)

 ライオットとメイナの息子。やんちゃで好奇心旺盛。祖父譲りの行動派。


ターナ・ロロリゲス(鳥人族・健脚種)

 郵便局の中堅局員。お人好しだが仕事には真面目。新婚。


ナタリー・ランドリア(ケンタウルス族・女性)

 未婚。恋愛話が好きでおっとりした性格。話し出すと止まらない。

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