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亜人と魔物の境界線 ― 拡張報告書:転化進化説

研究番号:TR-8821-EX

提出機関:フロストファング・ドミニオン氷結研究所

主任研究員:ヴァロス=エンメ・ルグリッド


 本稿は、先行報告「転化進化説(Metamorphic Continuum Hypothesis)」をもとに、寒冷地環境における亜人および魔物の転化現象を観察・分析した結果をまとめたものである。研究はフロストファング・ドミニオン北縁、永久氷原に設置された氷結研究所にて十五年にわたり実施された。


 既存の二大学派――サイラスウッド・コンコードの「別種説」と、サンストーン・カリフェートの「同一種説」――はいずれも一定の論拠を持つが、氷結研究所の観測結果はその中間に位置する「転化的連続説」を支持している。すなわち、亜人と魔物は環境魔素の濃度と気候要素に応じて可逆的に変質しうる、同一根系の異相的存在である。


一 亜人から魔物への転化事例

 氷結研究所北方観測区において、ラミア族の個体群が低体温適応過程で著しい生理変化を示した。皮膚の色素は失われ、魔石腺が拡張し、外界魔素を直接吸収する循環構造へと変化した。変化後の個体は社会的行動を失い、捕食性を強めた。

 この段階を経た個体は、もはや言語を持たず、反射的攻撃行動を示すのみであった。心臓経由の間接循環が崩壊し、魔素を直接取り込む短絡循環が成立したことが、精神活動の劣化と同期していることが確認された。


二 魔物から亜人への逆転事例

 一方、温度変動の激しい氷窟地帯において、オーガ種の一部が極端な飢餓状態を経たのち、集団内で模倣行動を示すようになった。音声による単純な意思伝達や石片による狩猟補助など、知的行動の萌芽が見られた。

 環境測定の結果、この地域の魔素濃度は通常より著しく低下しており、外部魔素依存構造が退行しつつあることが判明した。すなわち、魔物の「知性化」とは、魔素圧の緩和によって神経網が再び可塑性を得る現象であり、これは転化進化説の逆転相に当たる。


三 倫理的および社会的考察

 この仮説が正しいとすれば、亜人と魔物を固定的に分類し、片方を「理あるもの」、もう片方を「理なきもの」と断ずる行為自体が誤りであることになる。転化現象は不可逆ではなく、環境の変化によって相互に移行し得る。

 ゆえに、討伐や排除といった政策は、一種の生態的破壊行為として慎重に扱う必要がある。実際、過剰な討伐によって魔素循環が局所的に乱れ、氷原の一部で生態系の崩壊が確認されている。亜人と魔物の関係は単なる捕食と被捕食の構造ではなく、世界そのものの「魔素均衡」を維持するための相補的な機構なのだ。


四 結論

 亜人と魔物は、気候および魔素環境によって形を変える可塑的生命体であり、両者の境界は静的な種の差ではなく、動的な位相の差に過ぎない。彼らは氷に閉ざされた世界においてなお、互いを映す鏡として存在している。


 フロストファング・ドミニオン氷結研究所は、この現象を総称して「転化生命体(Metamorphics)」と定義する。種を越えた循環と変化の理こそ、この氷原の深奥に息づく“生の形”であると結論づける。


提出先:サイラスウッド・コンコード中央学術庁/外部協力部門

提出日:現行暦二五四八年 雪蝕期第九月

フロストファング・ドミニオン氷結研究所

主任研究員 ヴァロス=エンメ・ルグリッド

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