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《ゴブリン観察報告書 抄録・追補記録:調査団失踪事案》

著者:聖王国サイラスウッド・コンコード 聖機院生態学区 魔物生理部門 エルド・フェーン博士

記録番号:GA-4137-A

題目:「Goblinus addictus 観察報告書 追補 - ヴァルナ渓洞群体消失事件」


本記録は、前報「Goblinus addictus の行動・摂食・社会構造および環境適応について」(GA-4137)の提出後に発生した調査班の失踪事案について、聖機院および後方研究局の調査結果を基に再構成されたものである。


第一節 経過概要


本報告書の提出から三週間後、聖機院生態学区は追跡観察のための再訪調査を計画していた。しかし、ヴァルナ渓洞帯に派遣された現地観察班との通信が第八月十五日の夜をもって途絶する。

最後の通信記録には「群体が異常に静かである」との報告が残されており、それを最後に魔導通信が断絶した。翌朝、学院の測位術による位置探知も反応を示さず、調査班四名全員の所在は確認されていない。


第二節 現地再調査の結果


救援隊が現地に到着した時、ヴァルナ渓洞帯の中央部は一部崩落し、内部構造の多くが埋没していた。外縁部には焼損した観測器具、溶解した金属片、識別不能な生物組織の残骸が散在しており、強い熱作用を受けた形跡がある。

観察拠点跡からは、損傷した記録石板と日誌片、さらに密封状態の試料瓶数本が回収された。瓶内には乾燥した緑褐色の葉片(ナークリーフと推定)と粘性をもつ液体が残されていた。分析の結果、その液体は既知のゴブリン体液と一致するが、同時に未知の揮発性化合物を含み、接触者に軽度の幻覚・錯乱を引き起こすことが確認された。


第三節 記録片抜粋(フェーン博士の日誌断片)


以下は現地で発見された記録石板に残されていた文面のうち、判読可能な部分である。


「巣が静かすぎる。前回はあれほど喧騒に満ちていたのに、今は風の音もない。」

「個体が姿を見せない。地面には影のような跡。形を留めぬ残滓が散らばっている。」

「ナークリーフの群生地が変質している。葉が赤黒く変わり、空気が甘い。吸い込むと意識が揺らぐ。」

「あの香りを、彼らも、いや、彼らの方が早く適応したのかもしれない。」


以降の記録は乱れ、最後に「音がする」という一行を残して途切れている。


第四節 研究局の見解


聖機院生態学区および聖環警備局の合同審査により、本件は「生物学的災害」として暫定分類された。

崩落の原因は自然的要因と推定されるが、観察対象であったゴブリン群体が崩落以前に巣を放棄していた可能性が高い。

同時に、ナークリーフの長期摂取によってゴブリンの神経構造に変化が生じ、個体意識の枠を超えた集合的行動――いわば群体意識の統合段階へ移行したとの仮説も提唱されている。


また、現地封鎖後の監視観測において、夜間に微弱な低周波の残響が記録されている。その音波はフェーン博士の声質と近似した波形を示し、研究院はこれを「残響的魔素共鳴現象」として継続調査の対象とした。


第五節 補遺


聖機院は本報告書に次の一文を結語として付記した。


「学問の探求は光を掲げる行為であるが、その光が深く射すほど、影もまた濃くなる。

森が沈黙を選ぶ時、人はその沈黙の理由を恐れねばならない。」


――聖機院院長 ルーデン・アルマーノ



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