エルドリア帝国南部・喫茶店「リーヴ・ウィスパー」
――閉店後の夜、静かな食卓にて
あらすじ
エルドリア帝国南部の小さな喫茶店「リーヴ・ウィスパー」。
かつて戦場と冒険を駆けた二人が営むこの店は、今日も一日を終えようとしていた。
静かな夜、温かな食卓にて語られるのは――二十年という歳月と、家族のぬくもりの物語。
登場人物
アルディン・ヴァルク(人族・元冒険者)
喫茶店「リーヴ・ウィスパー」の店主。温厚で冗談好き。若い頃は槍の名手。
ネリス・ヴァルク(ダークエルフ族・元傭兵)
アルディンの妻。戦場を知る冷静な女性。紅茶と珈琲の淹れ方にこだわりを持つ。
リーネ・ヴァルク(人族・祖母)
マプクブルーム連邦の片田舎で牧場を営む。夫に先立たれて五年。最近は魔獣害に悩む。
ライオット・ヴァルク(長男・人族・鍛冶職人)
エルドリア帝国首都在住。妻と息子あり。穏やかで真面目な性格。
メイナ・ヴァルク(長男の妻・人族)
快活で明るい女性。ライオットを支える良き伴侶。
カイ・ヴァルク(孫・人族・5歳)
やんちゃで好奇心旺盛。祖父に似てよく動き回る。
ルシェル・ヴァルク(次男・ダークエルフ族・冒険者)
サンストーン・カリフェート滞在中。魔導師の婚約者と引退を考えている。
セリア・アルフリード(次男の婚約者・エルフ族・魔導師)
理知的で穏やか。ルシェルとともに新たな生活の地を探している。
本文
閉店後の喫茶店には、深煎りの香りと夜の静けさが満ちていた。
ランプの灯だけが柔らかく二人を照らし、カップの湯気がゆるやかに揺れる。
「今日も賑やかだったな。……考えてみりゃ、この店ももう二十年か。」
カウンター越しに笑うアルディンの声は、焙煎機の奥に響いて消えた。
「冒険者稼業をやめて、ここまで続くとは思わなかったよ。」
「二十年……長いようで、あっという間だったわね。」
ネリスは静かにティーカップを拭きながら微笑んだ。
「最初は客が来なくて、二人で看板を磨いてた頃を思い出すわ。」
「はは、あの頃は“もう一度冒険に出た方が稼げるんじゃないか”なんて考えてたな。
でも今じゃ、常連の顔を見る方が安心する。」
「そうね。焙煎の匂いと笑い声がある日々の方が、戦場よりずっと穏やか。……悪くない人生よ。」
アルディンは少し顔を上げ、ふと思い出したように言った。
「――そうだ。魔法通信が届いた。ライオットたち家族が、来週こっちに来るらしい。孫の顔が見れるぞ。」
「まぁ、ほんとに? それは嬉しいわね。
あの子もすっかり職人らしくなって……メイナさんとカイも元気そうだった?」
「ああ、映像越しでも元気そうだったよ。
メイナは相変わらず明るいし、カイは俺に似て落ち着きがない。」
「ふふ、それはあなた譲りね。……久しぶりに家族全員そろうかもしれないわ。」
「そうなると、ルシェルにも声をかけておきたいな。
手紙で“家を構えたい”なんて言ってたが、まだ決めかねてるらしい。」
「そうね……首都は高いし、うちの近くも土地が限られてる。だったら――リーネ母さんの牧場はどう?」
「マプクブルーム連邦の、あの小さな牧場か。
最近、魔獣害に困ってるって聞いたな。ルシェルなら力になれるだろう。」
「ええ。セリアも魔導師だし、守りもできる。
母さんにとっても孫が手伝ってくれれば安心ね。」
「母さん、あの子を気に入ってたしな。“父親に似てる”って、よく笑ってたっけ。」
「懐かしいわ。……あの人が送ってくれたミルクピッチャー、今も使ってるもの。」
「ああ、あれか。錆びてもまだ現役だ。俺たちみたいだな。」
「ふふ、うまいこと言うじゃない。……じゃあ、決まりね。
明日、母さんに手紙を送って。ルシェルの話を伝えてみましょう。」
「了解。“孫夫婦が手伝いに行くかもしれません”って書いておくさ。きっと喜ぶよ。」
「ええ。あの人の笑顔が目に浮かぶわ。」
静かな間が流れ、二人は同じタイミングでカップを傾けた。
「……二十年か。」
アルディンがぽつりと呟く。
「いろんなことがあったが、こうして温かい食卓を囲めるのが一番だな。」
「そうね。子どもたちが帰ってこれる場所がある――それだけで、もう十分よ。」
カップの湯気がやさしく揺れ、二十年という年月の重みとともに夜へと溶けていった。




