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フロストファング・ドミニオン年代記全書

北方の果て、永久凍土と山嶺が幾重にも重なる地帯に、フロストファング・ドミニオンと呼ばれる国が存在する。

古の名をカランカム文化圏といい、火と氷、風と霊の交わりを以て万象を捉える思想を基盤とした文明である。

建国の起こりは第四紀三百十二年の冬至とされる。

当時、氷嵐と飢餓に苦しむ二つの民族がこの地にあった。

一つは山脈の鍛冶族イソルン、もう一つは霊風を詠う狩猟民族ルフナである。

両族は長く争いを続けたが、吹雪の夜、古代の霊炎が二族の集落を照らした。

その光の下、族長たちは互いの武を捨て、火と氷の盟約を交わした。

この誓約は後に「千冬の誓約」と呼ばれ、以後三百余年にわたりこの国の礎となった。


政治体制は双族評議制と称される。

評議はイソルン族の火脈導師とルフナ族の風詠官によって構成され、決議は霊火の炉の前でなされる。

首都イソトル=カランはイソトル山脈の中心、霜鉄の谷に築かれた要塞都市である。

地上の建築は氷石のドーム群で構成され、地中には火脈炉が張り巡らされている。

この地熱の恩恵により、厳冬の国ながら居住に耐えうる温を保っている。

総人口はおよそ百七十八万に及び、そのうちイソルン族が六割、ルフナ族が三割、残りの一割を精霊行商人や周辺遊牧民が占める。


言語体系はカラン語に属し、音律と抑揚を重んじる。

イソルン方言は硬く短い発声で、鉄を打つ響きのごとし。

ルフナ方言は風が丘を渡るように柔らかく長い。

評議語は両方を折衷した中庸の言葉であり、政務・詩篇・祈祷文のすべてに用いられる。

この国において言葉は単なる音ではなく霊の器であるとされ、話すことそのものが祈りとみなされる。

古文献には「言葉は風の骨、声は灯の影」と記されている。


主要都市は五つに大別される。

首都イソトル=カランは政治と工芸の中心であり、霜鉄議堂とカラン紋塔が象徴的存在としてそびえる。

北のノクフェルはルフナ族の狩猟都市で、風神スレアを称える大祭が行われ、風笛と霊布工芸の技が伝わる。

南のウルラカは地熱の谷にある温泉都市で、赤鉄石の採掘と療養の文化で栄える。

東のカルカセンは古戦場の上に築かれた霊塔都市で、霜鉄精錬と霊石細工の工房が並ぶ。

西のカムリウンは湖畔にある詩の聖地であり、吟遊詩人を養成するトカリ詩学院が設けられている。

さらに北端のスレアノクは冬至の大祭が行われる狩猟民の自治都市で、雪獣の皮や骨牙細工が集まる市が開かれる。


この国の産業は自然と霊の均衡に基づく。

イソルン族の鍛冶師は火と氷を同時に操り、霜鉄と呼ばれる特殊な合金を生み出す。

それは冷気に強く、魔力を宿す金属として知られ、儀礼用の武具や装飾品に多く用いられる。

ルフナ族は風糸と雪狼毛を用いて霊布を織り上げ、これを儀式用の衣や防護布とする。

また、霊獣の骨牙から護符や楽器を作る技も古くから伝わる。

中でも霜笛と呼ばれる管楽器は、吹くと音と共に冷気をまとい、風の精を呼ぶとされる。


地熱を利用した温泉療法と薬草浴も盛んであり、ウルラカ渓谷では癒やしと再生を願う巡礼者が絶えない。

詩歌と霊語教育は国の精神文化の中核をなしており、トカリ詩学院では吟遊詩人と霊導士が共に修行を積む。

教育の根幹は「声に霊あり、音に理あり」という古訓である。


特産物としては、氷洞で採れる霜晶石、火と氷の鍛造による霜鉄、渦巻紋を織り込んだ霊布カラン紋飾布が知られる。

さらに凍結苔と蜜を発酵させた氷苔酒、雪狼の調教個体なども貴重な資源である。

これらは他国においても高値で取引され、フロストファングの名を知らしめている。


庶民の暮らしは厳しくとも、彼らは氷の夜にも笑いを忘れない。

雪の降る日、山の市では次のような言葉が交わされる。


「ほれ見ぃ、空が鳴いとる。風ん子らが走り出したでな」

「んだべ。雪ん声が笑うてら。明日はええ獲り日になるわ」

「焚火がよう燃えよる。ほら、火ん息が神ん息じゃ」

「火が笑ううちは人も生きとる。手ぇ出して、ほら、あったけぇ」

「唄うか。凍みん下で祖らも耳立てておる頃じゃ」


このような素朴な会話にこそ、彼らの生きる哲理がある。

火と氷、風と霊を一つの命と見なし、過酷な自然と共に息づく。

彼らにとって祈りとは神への呼びかけではなく、世界そのものとの対話であった。


この国の歴史を編む者たちは言う。

フロストファングとは、ただ寒き地に築かれた城邦ではない。

それは、凍てつく嵐の中でなお火を掲げ、声を交わし、霊と共に歩む民の証そのものである。

その魂は今も、イソトル=カランの炉火の奥に宿り、吹雪の夜に青く燃え上がるという。

その光が再び蒼く輝くとき、ウルカムの声が響き、古の誓約が新たに蘇ると伝えられている。


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