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雪の朝の鐘

 冬の夜、静かに雪が降り続けていました。

 木かげ町はすっかり白い布におおわれ、屋根も道も、川のせせらぎまでもが眠っているようです。

 時計塔の窓から見える景色も、まるで別の世界でした。

「うわあ……雪って、夜でも光ってるみたいだな」

 タックが秒針に腰をかけ、外を見下ろしました。

「ほんとね。月明かりと重なって、まるで銀の世界だわ」

 ベルは鐘の中から見とれたように呟きます。

「……でも、雪の朝は大変だよ」

 ティックが真面目に言いました。

「道が埋もれて、人も動物も歩きづらくなる」

「せっかくきれいなのにな」

 タックは肩を落としました。

「まあ、それも冬の試練ってやつね」

 ベルは少し得意げです。

「雪は厳しいけれど、そのぶん人と人を近づけるの。寒いときこそ寄り添うでしょう?」

 三人がそんな話をしていると、塔の扉がぎしぎしと音を立てました。

 こんな夜更けにだれが……と耳をすますと、か細い声が響きました。

「……たすけて……」


     ◇


 扉から入ってきたのは、小さな子ぎつねでした。

 白い雪にまみれ、足を引きずりながら中へよろよろと入ってきます。

「わっ、きつねだ!」

 タックが飛び上がります。

「寒そう……」

 ベルが鐘から身を乗り出しました。

「足を痛めてるみたいだ」

 ティックはすぐに駆け寄ります。

 子ぎつねは震える声で言いました。

「雪で迷っちゃったんだ……家に帰れなくて……」

 その小さな瞳には、不安と涙がにじんでいました。

「大丈夫、ここで休んで」

 ティックがやさしく声をかけます。

「おいらが遊んでやる! そしたら元気出るぞ!」

 タックは歯車をくるくる回して見せます。

「ベル、鐘の音であっためてやれない?」

「やってみるわ」

 ベルがそっと鐘を揺らすと、低くあたたかな音が広がりました。

 ごーん……ごーん……

 その響きは雪の冷たさをやわらげ、子ぎつねの体を包み込みます。

 少しずつ震えがおさまり、目に光が戻っていきました。


     ◇


「ありがとう……」

 子ぎつねはほっとしたように笑いました。

「でも、家がどっちか分からないんだ」

 三人は顔を見合わせます。

「クロウに聞こう」

 ティックが提案しました。

 塔のてっぺんにいる風見鶏なら、町じゅうを見渡しているはずです。

『子ぎつねか……雪で道が消えたな』

 クロウは鋭い目で夜空を見つめました。

『だが心配するな。雪の朝になれば、鐘の音が道を示してくれる』

「鐘の音が……道に?」

 ベルが驚きます。

『ああ。雪に響いた音は、きらめく道となって導くのだ』

「じゃあ……明日の朝、鐘を鳴らせば」

 ティックが納得しました。

「子ぎつねは家に帰れる!」

 タックが飛び跳ねました。

 子ぎつねは安心したように鐘のそばで丸くなり、眠りにつきました。


     ◇


 夜が明け、町は一面の銀世界。

 屋根から垂れる氷柱が光り、道はすべて雪に覆われています。

「よし、準備はいい?」

 ティックが短針を整えます。

「もちろん! オレがリズムを刻む!」

 タックが元気よく答えます。

「じゃあ、わたしが鐘を鳴らすわ」

 ベルが胸を張ります。

 三人の合図で鐘が鳴りました。

 ごーん……ごーん……

 その音は雪の上を走り、きらきらと光の筋を描いていきました。

 まるで白銀の大地に金の道が浮かび上がるようです。

「すごい……!」

 子ぎつねは目を輝かせました。

「この道を行けばいいんだね?」

「うん、安心して。鐘がずっと道を照らすから」

 と、ティック。

「急げよ、オレがリズム刻んでるうちは消えないぞ!」

 と、タック。

「気をつけてね。帰ったら家族にぎゅっとしてもらうのよ」

 と、ベル。

 子ぎつねは何度も頭を下げ、光の道を駆けていきました。


     ◇


 やがて鐘の音がやみ、塔の中に静けさが戻りました。

 外では子ぎつねの鳴き声と、母ぎつねの答える声が微かに聞こえました。

「帰れたんだな」

 タックがほっと息をつきます。

「よかった……」

 ベルが目を細めました。

「鐘の音が道になるなんて、本当にあるんだ」

 ティックは感慨深げに言いました。

 クロウが羽をひらき、冷たい風を受けながら言いました。

『雪は時を隠す。だが鐘の音は時を示す。だから迷っても、また帰れるのだ』

 三人は胸に温かいものを感じながら、雪の白さを見つめました。


     ◇


 その日、町の人々も同じように感じていました。

 深い雪の朝、道は分からなくても、不思議と安心できる。

 鐘の音が町を導いてくれるように。

 雪のきらめきと鐘の響きが重なり、人々の胸に「大丈夫」という小さなあかりをともしたのでした。

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