第99話 ニンゲンの子との熱い約束
出発の朝。
「やあエルルさん。ようこそ。いよいよだな」
「エルルー!」
「来たなエルル。『現地』の案内してやろうか?」
レンとピュイア、ルヴィに迎えられて、船に乗る。ふわりと飛んで甲板へ降りて、振り返る。4年経ってレンは身体付きが逞しくなって、ピュイアはさらに胸が大きくなったみたい。ルヴィはあまり変わっていない。相変わらず綺麗な褐色肌だ。
「エルちゃん! 頑張って!」
「トヒア! 今までありがとう!」
トヒアを始め、学校の先生達、友人になった生徒達が見送ってくれる。
結局。
あの日から今日まで、ジンと話す機会に恵まれなかった。
「……もう出港しますよ」
「…………ええ」
汽笛が鳴る。船が少しずつ動き始める。トヒアも、ジンについて何も言わなかった。
「まあ、良いわよ。どうせまた帰ってくるし。その時でも」
「そうですね。お互い、嫌いになった訳ではありませんし。これが今生の別れでもありませんし」
ルフの言う通りだ。また会えば良い。その機会はこれからいくらでもある。
「エルルさん」
「ルフェル。またよろしくね」
ルフェルは一層綺麗になった。男性からすれば嬉しいだろう。船員達の士気も心なしか高い気がする。
今日は快晴だ。風は南から。
エルル・アーテルフェイス、16歳の夏。
◆◆◆
「エルルさん、後ろ」
「えっ?」
ルフェルの声と同時に。
私の耳に、その声が聴こえた。
「エル姉ちゃん!」
「ジンっ!」
既に、船は港を離れている。島から離れ始めている。振り向くと防波堤の先っぽに、彼が立っていた。息を切らしている。今来たのだ。
私はルフと目を合わせて頷いてから、風の魔法で防波堤までジャンプした。
「ジンっ!」
「……うおおっ!?」
着地と同時、勢い余って彼にぶつかってしまう。
倒れない。よろけない。しっかりと支えられた。逞しく育っている男性の身体に。
「………………あの、俺」
「うん」
「……えっと」
「……うん」
彼は昔ほど、素直に言葉を紡げない。恥ずかしいのだ。けれど。
これが最後だ。次に会えるのは、何年後になるか。
「……俺! 強くなるよ! エル姉ちゃんもルフ姉ちゃんも皆、守れるように!」
「…………! ええ」
そのまま。
抱きつく。
彼は戸惑っているけれど、気にしない。硬い身体。筋肉。身長。体温。もう既に頼りになりそうな。けれどまだまだ成長する筈の、13歳の。
「エル姉……」
「そしたら。ジン。一緒に冒険しましょうね」
「!」
抱き返しては、まだくれないらしい。彼の両手が行き先を失って拳が半開きで震えている。
なんだかかわいい。やっぱり、昔のままの彼も居る。
「……うん。絶対、もっと強くなって。すぐに冒険者になって。俺も、追い付くから」
「ええ。きっとよ。あなたが『ニンフ』に入ってくれたら、A級昇格も挑戦できる。それに、エルフと、ニンゲンと、そのハーフの3人のパーティだなんて。素敵だわ」
女性だけのパーティと組もうなんて非常識で自殺行為な男性冒険者は居ない。
彼以外。
「うん。俺が、魔界でだってなんだって、姉ちゃんを守るから」
「約束よ。……ああ、良かった。最後にあなたとこうして話せて。心残りだったの」
「……ごめん。俺もどうすりゃ良いか分かんなくて。エル姉ちゃんと昔みたいに話したいのに、なんか胸がざわざわして」
「良いのよ。ジン。…………またね」
船はもう行ってしまう。水平線の向こうに消えてしまうまでに戻らないと。
惜しむように、ゆっくりと彼から離れた。そのまま、地面を蹴って浮かび上がる。
「…………5年! それで俺、ソロでB級に上がっとくから!」
「分かったわ。私達もそれを目途に、今回の旅をするわね。じゃあね、ジン。行ってきます」
「行ってらっしゃい! ルフ姉ちゃんにもよろしく!」
ふわり、旅立つ私を。
彼はずっと、その太く逞しい腕を振って見送ってくれた。
彼の体温は離れてからもしばらく、私に冒険の熱を与えてくれた。




