第98話 粋狂を楽しむ悲願の愚者
旅立つ前に、大森殿にも寄った。
大長老は当然だけど、4年経っても少年の姿のままだった。まさか2000年少年をやっているのか。
「そうか。発つか。……お前も、愚者じゃったか」
「ふふ。そうね。おじいちゃん。末娘のエルルは愚かにも冒険者になるわ。アーテルフェイスの『支援』、期待しているわよ」
これは私だけの感情かもしれない。皆が私に対してする評価と違って、彼だけは私を愚者と言ってくれる。それが少し嬉しくて、冷静になれる。
賢者になりなさい、とは。ある種呪いだったのだ。いや、今も私は賢者であろうと、ありたいと思っているけれど。
それを周囲から全肯定されて違和感を抱かないほど、もう幼くない。
この大長老の存在は私にとっても大きいのだということ。
私は愚者なのだ。もう、自分を卑下したり謙虚であったりということではなく。大長老に認められた愚者なのだ。
笑ってしまう。
「全く。ああ、思い出した。フェルナがここを出ていった時と同じ目をしておる。エーデルワイスのオスに奪われてしまった時と」
「……そう。安心して。私はまだ誰にも奪われていないわ。エルフの姫であることも捨てるつもりが無いの。自由に旅はするけれど、その行く先々で、私はエルフの姫なのよ」
「………………馬鹿め」
「ええ」
大長老も呆れたように苦笑いしていた。
「まあ良い。お前が発つ前に、少し昔話をしておこう」
「分かったわ」
「『火の花』シャラーラから借り受けておるアーテルフェイスの名……にまつわることじゃ」
「ええ」
シャラーラの友人であるアーテルフェイスは、最初の冒険者となった。その後、九種紀は滅びを迎え、友人は滅ぶ前にアーテルフェイスの名をシャラーラに預けた。
シャラーラはその後、この大長老の祖父にアーテルフェイスの名前を渡すことになった。アーテルフェイスはニンゲンの冒険者達を手助けするようになった。
ここまでは聞いている。
「……我らがシャラーラより預かる前のアーテルフェイスは、夫婦じゃった」
「そうなの」
「人族と翼人族の、じゃ」
「!」
人族。奴隷階級だった古代のニンゲン。
翼人族は、現代のハーピーの先祖だ。
「エルフではなかったのね」
「そうじゃ。……奴隷じゃった人族の男と、翼人族の王女じゃった。アーテルフェイスとは、元々翼人族の王族の名じゃったのじゃ」
「…………奴隷と王女」
「他にもシャラーラは仲間達から名を預かっておってな。竜人族からイェリスハートの名を。鎚人族からレイゼンガルドの名を。……流石に九つの種族全てからではないが、前文明時に特に親しかった友人が数人居たそうなのじゃ」
「…………竜人族からも」
「エルル。ハーピーは元々魔界に大規模な『巣』がある。ドラゴニュートは魔界から出ては来ん。魔界との国交は途絶えているのじゃ。……エルル。わしの望みは、彼らに失われた名を、返してやることなのじゃ」
「!」
大長老の目は、遠くを見ていた。きっと、数千年前の、旧文明の時代を。
彼らは、どんな人達だったのだろう。きっと、異種族間の恋愛は、世間には受け入れられなかった筈。
今と同じで。
「こんな粋狂なこと、依頼では決して出せん。魔界とは本当に危険な地域なのじゃ」
「……分かったわ」
「エルル」
どんどん、『お遣い』が増える。別に良い。どうせ全部、見て回るから。
「あなたが冒険者を愚者と言いつつ、一族を挙げて支援している矛盾。その理由が分かったわ。私がいつか、彼らに名前を教えて、達成するから。出して良いわよ。依頼」
「…………かたじけない」
こんな話。
ますます楽しみだ。




