第95話 可視化される明確な目標
ギルドマスターはギルドに居ないことが多い。
今日もだ。
「すみません。確か、気になる少年が居るとのことで、今オルス大陸に」
「そうですか。相変わらずですね」
「忙しそうね。マスター」
ルフは特に驚いてはいないようだった。慣れているのだ。
私も、この4年間で2度くらいしか会っていない。優しそうな男性だ。30代後半〜40代くらいのニンゲンの男性。背が高く、手足が長い印象がある。元冒険者らしい。マスターの影響で冒険者を始めたという男性曰く、『相手を物語の主人公だと勘違いさせる達人』とのこと。……詐欺師と同じ種類の人なのだろう。上手く乗せて、冒険者を目指させるらしい。流石ニンゲンだ。
「こちら、エルル様のメンバーカードです」
「……ええ。ありがとう」
今日は冒険者登録をしに本部へ来たのだ。けれど、そのカードを見て私の予感は的中した。
「……エルル・アーテルフェイス。私は、誰かによって既にこの名前で登録されていた。だからエソンの支部で、受付にアーテルフェイスで呼ばれたのね」
「日付はいつですか? …………あー。ヒューイですね」
「きっとそうね。他人でも登録できるの?」
「いえできません。何か裏口を使ったのでしょう。小賢しいヒューイの考えそうなことです。恐らくは気付いたエルル様に、『アーテルフェイスとは何?』と質問攻めにされたかったのでしょう」
「…………そう。してやりたかったわ。この件だけじゃない。彼には訊きたいこと、沢山あったのに」
「…………」
ヒューイの話はこの4年間、何度も聞いた。ルフから、トヒアから、ジンから。
そういう人だったのだろう。特に意味は無いのだ。冒険に憧れる少年がそのまま成長した、悪戯好きの男。
「エーデルワイスに変更しますか?」
「……いいえ。これで良いわ。巨大森には迷惑を掛けたくないの。私はこれから、ちゃんと、エルル・アーテルフェイスよ」
アーテルフェイスという名前は、魔界の住人や一部の亜人の間では有名だけど、ニンゲンの社会では知られていない。勿論冒険者ギルドと繋がりがあることも。
「エルル様は学校の修了証があって、魔法使いでもあるのでB級からですね」
「ええ」
冒険者には、ギルドが管理しやすいようにランクが付けられている。受けられる依頼の難易度なんかに関わってくる。
D級がビギナー、C級で一人前。B級というのは主戦力だ。エデンの訓練校をきちんと修めるとC級の一歩手前から始めることができる。今回私はエルフのハーフであることを考慮されて、いきなりB級になってしまったという訳。
因みにA級のギルドランクは『魔界入り資格』となる。膨大な経験値と人間離れした戦闘能力、ゼロの状態から必要なものを全て調達・工作できる生存能力、豊富な知識と技術、そして未知の世界に挑む勇気、それらステータスを上限最高値まで引き上げる『生来の才能』が『必要最低限』となる、常軌を逸した基準に満たないとランクアップはできない。
「あくまでA級の定義とは、『未踏破地の冒険』を目的にしているイレギュラーかつ『昔ながらの本来の冒険者』という位置付けです。現在は、一般人からの依頼を受けて行う『何でも屋』が主な資金源ですからね。実力充分な冒険者でもAを目指さないことが殆どです」
「……まあ、厳しい上に危険性は高くて、魔界へ入っても稼げるかどうかすら怪しいのだから当然ね」
戦闘力だけ、とか。知識だけ、とかならA級を凌ぐB級冒険者も数多く居るらしい。けれどA級になろうとすれば、全ての実力と才能が試される。
「ルフは?」
「勿論B級です。このまま一緒に、私もA級を目指しますよ」
「ええ。頑張りましょうね」
まあ、最悪別に、勝手に魔界へ入っても良い。諸々のギルドからの支援や保障なんかが無いだけだ。自殺行為とされているけれど、私にとっては大したことじゃない。
でもまあ。世界を股に掛ける冒険者ギルド本部のお墨付きがあれば自信にもなる。
まずはニンゲン界で経験を積んで、A級にランクアップするのが目標だ。




