第94話 ほっとして決まる旅立ちの日
一度しっかりジンと話したいと思っているのだけど。
「あ。ねえジン、どうかしらこの服。昨日ルフと街で買ってきたのよ」
「……知らねえよ」
中々捕まらない。食事もなんだか自分の部屋で摂っているみたいだし。話し掛けてもすぐ逃げられてしまうのだ。
「こんにちは。おやジン。久し振りですね」
「……!」
丁度。私から逃げて外へ出る寸前で、ルフが玄関のドアを開けてやってきた。彼女は街の宿からこっちへ来て私の訓練を見てくれているのだ。
「……フ、姉……ゃん」
「ん?」
「………………いや」
しかし彼は、まごまごとルフの名前を呼ぶのか呼ばないのか微妙な声を出してから、彼女を通り過ぎて出て行ってしまった。
「……ふむ。私のような貧相なエルフにも反応してくれるのですか。流石思春期ですね」
「ルフちゃんいらっしゃい。ジンはずっとルフちゃんが大好きだったからね」
「トヒア殿」
ルフも新調した服だ。お互いに冒険用。私はニンゲンが着るようなデザインの、ワンピース型。ルフは少しゆったりしたセーター。余裕のある冒険者という感じがする。
「こんなかわいい『お姉ちゃん』が周りにふたりも居るからね。思春期の男子には刺激が強すぎるかな」
「……まあ、居心地良くは無いでしょうね。キノも入れると女3人に男は自分ひとりと」
「あー……そうね。確かに。でも、そんなの気にしなくて良いのに」
ルフはこちらへやってきてキノをひと撫でしてから、私達の向かいに座った。
「出港の日が決まりました。3日後の朝です」
「!」
アーテルフェイス商会の、レンの船で冒険を始める。これはずっと前から決めていたことだった。
レン達がいつも回っている航路にはいくつか種類がある。私達の目的地に向かう場所へ行ってくれる便を待っていたのだ。レン達は昨日からエデンには来ているらしい。
「分かったわ。いよいよね……!」
「はい。準備は万端です。明日は訓練後に時間ありますか? ギルド本部でエルル様の冒険者登録と私達のパーティ登録もしてしまいましょう」
「……! そうね」
ふたりでにやにやとしてしまう。冒険が始まるのだ。ようやく。4年待った。
私のずっとやりたかったこと。世界を見て回る旅。色々な土地と、人と、考えに出会う為の旅。
「……いいなあ。やっぱりふたりとも、冒険者の目をしてる。私は最後まで『待つ女』だったなあ」
私達を眺めて、トヒアが呟いた。
「トヒアが居るから、私達は旅立てるのよ。本当に感謝しているわ」
「うん。いつでも帰ってきてね。いつでも、美味しいご飯と、あったかいお風呂とお布団、用意してるからね」
「あはは。ええ。それ聞くと決意が揺らいでしまうわ」
「あははっ。……けど、分かったわ。あと3日しかないのね。ジンと話してみる。母として!」
◆◆◆
その日の夜。
「うるせえよババア! 放っとけよ!」
「あはは! 私を祖母呼ばわりしたいならあんたが女作って私に孫の顔見せてからにしなね! ムッツリ童貞くん!」
「………………!!」
自室に居ると居間からそんな大声が響いてきた。
知らない振りをするつもりだ。
「さっさと襲っちゃいなよ。エルちゃん、もう3日後に出ちゃうよ?」
「…………エル、姉……ちゃんは、駄目だろ。男……怖いだろ。俺、背丈ばっかデカくなっちまって」
「……ふーん。へえ、分かってるんだ。じゃあ、ギクシャクしたままお別れするのも駄目って分かってるんでしょ」
「……だから。分かってんだよ……」
「好きなんでしょ?」
「………………うん」
聞いてない振りを。ああ、でも。
ちょっと、ほっとした。




