第92話 春を思うニンゲンの少年
それから。
「ルフ姉ちゃん? エル姉ちゃんは」
「ああ、今日は駄目です。エルル様は、大体月に一度、重い体調不良になります。私がお世話をすることになっています。ジンはいつも通り、学校へ行ってください」
「……大丈夫なの?」
「辛いと思います。ニンゲンの女性はずっとこの体調不良に悩まされるそうです。辛さは個人差があるみたいですが。エルル様は全く動けない程です。……ですが心配ありませんよ。いつものことですし。私が付いていますから」
「おれも看病するよ。学校より姉ちゃんの方が大事だ」
「……気持ちはありがたいですが、ジンは今日の座学で高得点を取らないと授業取り直しなのでは?」
「あっ! そうだった! じゃ、すぐ帰ってくるから!」
穏やかに時間が過ぎて行って。
◆◆◆
「ねえジン。……あれ、ジーン」
「うるせえな。聞こえてるよ。……俺、ちょっと出掛けるから」
「えっ。あっ……。行ってらっしゃい……?」
しばらく経った。
「ねえルフ。最近ジンがなんだか、私に冷たいのよ」
「…………ああ、思春期ですね」
「思春期?」
「ニンゲンはあの年頃に、そう呼ばれる期間があります。心身共に色々と変化していく過渡期なのです」
「変化、ね。ああ、声変わったわよね。男性ってああいう風に声変わりするのね。吃驚したわ。それと背よ。もうすっかり抜かされて。ニンゲンの子って凄いのね」
「それに伴い、『子供』から『男性』に変わる時期でもあります」
「……? どういうこと?」
「ジンの視線の変化、感じませんか?」
「んー。……ああ。そうよね。私もね、最近胸が膨らんできて。エルフって皆大体スレンダーじゃない? 私、トヒアみたいに大きくなるのかしら。ジンも気になるわよね」
「……ええと。そうなんですけどそういうことじゃないというか……。ああ、今度町へ下着を新調しに行きましょうか」
「胸の下着よね。どういうのが良いか分からないから、お願いするわ。私だって過渡期なのよ?」
「……ええと。それはそれとして。ぶっちゃけるとジンはエルル様を、『姉ちゃん』ではなく『メス』として見始めています」
「………………えっ?」
気付けば4年が経っていた。16歳になった。私は殆どの授業を修了して、ルフとの模擬戦もたまに勝てるようになって。島を一周してもバテなくなった。
そろそろ準備が終わる。冒険を始めようかと思っている。そんな時。
ジンはというと。主に座学で遅れを取っていて、実技でもまだ伸び代が大きいといった評価だ。あとしばらくは掛かるだろう。元々私より3つも年下のニンゲンなのだ。彼はよくやっていると思う。
「彼自身も戸惑っていると思いますよ。大好きだった『姉ちゃん』が、急に『エロいメス』に見え始めるのですから。つい、恥ずかしくてはぐらかしたくて申し訳なくて、冷たい態度を取ってしまうのです」
「え、エロ…………って。そんな、私よ? ずっと一緒に暮らしてて、もう殆ど家族のように」
「違いますよ。最初から、『居候の姉ちゃん』です。正直に申し上げますけど、今のエルル様、男性からすれば滅茶苦茶に、魅力的ですよ」
「ええっ?」
ルフは語った。異なる種族同士では、外見の見方が違うのだと。ニンゲンからすれば、エルフは基本的に美形に見えるのだとか。
思い当たる節はある。私だって、ニンゲンの男性なんかは大体皆、ちょっと怖く見える。……確かに最近のジンは少しその怖さが出てきているように感じる。
「……どうすれば良いの?」
「私も、ニンゲンの子育てはしたことがないのでそこまでは。トヒア殿に相談してみましょう」
このまま、ジンとの仲がギクシャクしたまま旅立ちたくは無い。




