第91話 彼らが迫害されていた歴史
約1万年前の『創世紀』。原初の種族が天より現れ、この地に降り立った。
彼らはこの大地に根付き、様々な環境に適応して、姿形を変えていき、多種多様な種族となって繁栄した。
9つの人種があった。
①人族。
②獣人族。
③森人族。
④翼人族。
⑤魚人族。
⑥鬼人族。
⑦鎚人族。
⑧竜人族。
……⑨魔人族。
9人種の時代、『九種紀』は世界を覆い尽くすほど、5000年以上栄華を極めたが、やがて滅亡する。理由は未だ研究中で、有力な説はいくつかあるものの確定はしていない。
ある種族は滅び、ある種族同士は混ざり合い、人種はさらに多様化していく。
例えば今居るエルフの祖は、森人族と呼ばれている。ハーピーやバードマンの祖は翼人族。九種紀からあまり姿が変わっていない種族も居る。デーモンなどは魔人族の頃と全く変わらず、しかも同一人物である。呼び名が変わっただけだ。
例えばリザードマンとドラゴニュートは、同じ竜人族を祖にして枝分かれした種族だ。オークとゴブリン、トロールやヴァンパイアなんかも、鬼人族や鎚人族からの枝分かれ。私はまだどれも実際に会ったことがないから詳しい違いは分からないけれど。そして同じ竜人族からでも、獣人族や魚人族などと混じり合うことでラミアやアラクネのように変化していった種族も居る。
現代は9種どころではない。細かく分ければ100を超える『ヒト種』が存在している。ニンゲン界では確認されていない未知の種族が魔界に居る可能性も高い。
そして。
1万年間不変の種族は、魔人族だけじゃない。
人族と呼ばれていた、現代のニンゲンだ。彼らは短い寿命で夥しい数の世代交代をしながらも、『唯一魔力を持たないヒト種』として存続し続けた。
世界で一番、繁栄した。魔法を使えないのに。
「違うの。昔は違った。人族はただ、酷使され迫害されるだけの弱小種族であった。奴隷種族とも呼ばれておった。いつ絶滅してもおかしくはなかった。当然であろう? 魔法が使えぬということは、戦力において話にならん。当時の他の8種族だけでなく、他の動物との生存競争も危ういレベルであった。科学を進めようにもその暇が無かったのだ」
シャラーラの『授業』を思い出す。5000年前の、九種紀の頃の話。
前の文明の話。
「ひとりの、人族の男が変えたのだ。魔法を使わずに、実力と有用性を示し、当時世界を制していた竜人族の女王の護衛として信頼関係と契約を結び、最後に奴隷解放を世界に対して宣言させた。人族の国が誕生し、大いに栄えた。子も増えた。『人族の時代』が幕を開けた。旧暦にして7320年の元旦じゃった」
「……ニンゲンの時代。迫害の歴史」
「『数』というのは本当に凄い力がある。そこから5000年以上経った今も。歴史が巡り、文明が新しくなった今も。未だに。頂点は人族のままだの。……まあ、逆に亜人を奴隷にして迫害することは、旧時代の者達からしても望んだことではないがな。世代交代が早いほど、初代の意志は薄れていく。そういうものである。時とは」
これは、世界史の授業だ。オルスで習った、オルス史やニンゲン界の歴史じゃない。この世界全体の歴史。
シャラーラから。
大長老から。
そして、この冒険者学校でも学べる。
◆◆◆
「エル姉ちゃんもエルフなんだよな!」
「……私はね、母はエルフだけど、父はニンゲンなの。だから見た目はエルフっぽいけれど、ハーフなのよ」
「ハーフ! かっこいい!」
「そ、そうかしら……? ねえジン」
「なにー?」
「私、普通のニンゲンとは耳の形が違うじゃない? 変、とか、思わない? 気持ち悪くない? ……ニンゲンとは違うけれど、私と仲良くしてくれる?」
「エル姉ちゃんはどんなでも俺の姉ちゃんだぜ! おれエルフ好きだ! ルフ姉ちゃんも森の人達も優しいから!」
「…………!」
迫害の歴史は。差別の連鎖は。憎悪の教育は。
簡単に終わらせられるのではないか。ジンやエデンの子供達と居るとそう錯覚してしまいそうになる。
私も、私を好いてくれるニンゲンが好き。




