第90話 冒険者を志す島の冒険
「では、参ります」
「…………ええ」
私は、大森殿や冒険者の町ではなく、トヒアとジンの家に居候することになった。トヒアから、持ち掛けてくれたのだ。
この島には、学校がある。というより、訓練所だ。冒険者として最低限のサバイバル知識と武術、加えて応用の特殊技能や魔法魔術を学ぶことができる。
今の私に持って来いだと思ったのだ。
広場にて。私はルフと向き合っている。お互いの手には木刀。
これは私から切り出したのだ。魔法の使わない直接戦闘能力が欲しいと。
私と魔法の相性の悪さは伝えた。使い過ぎると魔力侵蝕でダウンしてしまう。
魔法を使って戦うエルフよりも、普通に戦えて、ここぞで魔法も使えるエルフの方が、私に合っていると思ったのだ。
その点、魔法が苦手だったから体術を磨いて冒険者になったルフは、私の道の大先輩と言える。
「はっ!」
「きゃあ!」
腕が痛い。何度叩かれただろう。木刀を手放してしまい、勝負あり。たった数瞬の攻防。いや私は攻めてすらいない。
「エル姉ちゃん弱えー!」
見ていたジンが笑う。
「ふむ。まずは基礎体力と型ですね。実戦はまだまだ早いようです」
「……自分でもそう思うわ。もっと筋肉も、付けないと」
「いえ。確かに最低限の筋肉は要りますが、それよりも体力です。極論、私達エルフは魔法によって身体能力を加速させることができます。特にエルル様は魔力の瞬発力は既に『鍛えた男性』並みにありますから。もっと体力を付ければ、魔力侵蝕までの猶予も増えると思いますよ。冒険には何より体力です」
「……はい。先生」
「や、やめてください……。恥ずかしいので」
知識や体力だけでなく、集団行動やコミュニケーションも学ぶため、学校は早ければ5歳から受けられるそうだ。つまりジンは既に学校に通っている。私の先輩だ。
「じゃあ、少し休憩したら走ってくるわ。継続が大事よね。毎日走れるようにならないと」
「はい。学校の訓練でも使う良いコースがありますよ。案内しましょう」
「お願いね。ジンも来る?」
「行く! エル姉ちゃんには負けないぜ!」
「ふふっ」
かわいい。
何というか、そう。かわいいのだ。ジンが。よく懐いてくれたように思う。この子と、あの強姦魔が同じ性別、同じ種族だとは思えないほど。
ジンはこのまま、純粋に育って欲しいと思う。……同世代の子に何を思っているのか、私は。失礼だ。やめておこう。
私はもう、捻れてしまった。色んな人の悪意を受けて育ってしまった。
ここに居ると、それが洗浄されていくような気がする。
「はぁ……っ。はぁ……!」
「エル姉ちゃーん! 早くー!」
「ちょ……っ。ジンあなたもう、冒険者っ。できるんじゃないの……っ?」
「……本当に、亜人狩りを倒したのですか? あれは魔界入りの基準に達していない冒険者は必ず逃げろと言われているほどの強者ですよ」
「はぁ。はぁ。……ピュイアのお陰よ。私は、殆ど何もできていないわ……っ」
まずはここでしばらく、冒険者になるための訓練を積む。ルフには悪いけれど、少し待ってもらって。
1年か、2年か。私自身の身体も成長期。
心も身体も、強くなりたい。




