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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第4章:遥かなる冒険の旅へ
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第89話 遺された穏やかな景色

 その日は朝まで皆で騒いでいた。別れを惜しみ、讃える夜だった。本当に楽しい宴会だった。


 昼前の便で、彼らは行ってしまった。ずっとルフのことを想っていたのだ。船を見送っているルフを横から眺めていて、ようやく訊けそうだと思った。


「……ヒューイとは、どんな関係だったの?」

「あ……。いえ、恋仲ではありませんよ。あいつには妻子も居ますし」

「えっ。そうなの?」

「はい。会いますか? ギルドメンバーの家族用の町があるんです。島の東の方に」

「ええ。是非。……あっ。シャワーと着替えだけ済ませて良いかしら」

「はい。私も同じく。町で取っていた宿に案内しますね」


 冒険者は、家族を島に置くことが多いのだという。確かに、ニンゲン界で一番安全な島だと言える。いつ死ぬとも分からない冒険者だから、家族には安心して欲しいのだ。

 そんな優しい思いも虚しく、未亡人が多い町なのだと言う。勿論メンバーが死亡しても島から追い出されるようなことは無い。寧ろ、手厚く保護される。

 ヒューイの妻子のように。






◆◆◆






「ルフ姉ちゃん!」


 子供。

 町には子供達が多く外で遊んでいた。思えば私は、同年代から年下の、ニンゲンの子供とは出会ったことが無かった。


 その子は、ルフを見付けると駆け寄ってきた。黒い髪。泥だらけで眩しい笑顔。

 私より少しだけ低い背。


「ジン。今日も元気ですね」

「ルフ姉ちゃん元気になった?」

「!」


 彼らは恐らく。この島へ着いた時にここにも寄ったのだ。ヒューイを亡くしてすぐに。

 それほど、ルフは落ち込んでいたのだろう。


「はい。もう大丈夫です。この人のお陰です」

「誰ー?」


 ルフは少年の頭に手をポンと置いて、私を紹介してくれた。


「こんにちは。私はエルル。島の外から来た森のエルフよ。ルフは私の子供の頃の先生だったの」


 今も子供だけれど。

 ……いや、生理は来たのだ。もう子供を産めるのだろう。巣立ちもしたし、だとすれば私はもう大人なのか。


「おれはジン! 大人になったら冒険者になるんだ!」

「……そう。頑張ってね。ジンはいくつ?」

「9歳!」


 私より3つ年下だ。……あれ、そこまで変わらない。なのにどうして、ジンはここまで子供らしいのだろう。

 私が老けているのか。


「トヒア殿は居ますか?」

「母ちゃんは家に居るよ! おれも昼飯で帰る所だったんだ!」


 ジンは元気よく走り出して、私達を先導してくれた。元気溌剌だ。凄い。


 『男の子』を初めて見る。森の娘達とはやはり違う。あんなに泥だらけで、気にもしていない。きっと走り回って、転けまくって、沢山運動しているのだ。


「ジンはエルル様と同世代ですよ」

「……あはは。実感は無いわね」

「エルル様が落ち着き過ぎで、聡明過ぎるのです」

「あまり褒めていないわよね、それ」

「バレましたか」


 長閑な雰囲気だった。子供達が集う広場を中心に、住宅街が広がっている。森も無く、草原も見晴らしが良い。崖の向こうはもう海が見えて、景色にも恵まれている。

 子供達の遊ぶ笑い声が耳に心地良い、穏やかな町だ。


「ルフちゃん。よく来たね。あれ、皆は?」

「トヒア殿。今日はその報告と、この方を紹介しにきました」

「?」


 ジンが吸い込まれた一角の家。2階建てのニンゲンの家だ。リビングの木製椅子に、彼女は座っていた。

 親子よく似た黒髪を束ねて提げている。優しそうな大人の女性。線は細く見えたけれど、そのお腹は膨らんでいた。


 妊婦だ。


 これも、初めて見る。


「私はエルル。ヒューイとは、少し面識があって。この島に来て、ルフから教えて貰って。あなた達に挨拶をしたいと思ったの」

「…………そう。ありがとうエルルちゃん。私はトヒア。ヒューイの妻よ。何も無いけれど、ゆっくりしていってね」


 そこに。赤ん坊が。命が宿っている。ヒューイの遺した子。


「こらジン。先に手――いや身体全部洗ってらっしゃい。汚いのが母ちゃんの身体に入ったら赤ちゃん病気になっちゃうよ」

「ごめんなさい!」


 尊い。

 そう思った。

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