第87話 エルフの姫の2度目の巣立ち
「お前はエルフィナが望んだ子だ」
「…………それは、流石に信じられないわよ……」
「戦時中、戦後、強制された被差別種族の娼婦達に、避妊のケアがなされていたと思うのか?」
「!」
デーモンが、そのような『人類の敵』であったとして。
この男の行動と罪は消えない。強姦という行為は男女分断を招く恐れがあることは私にも分かる。事実、私はずっと男性が苦手だ。この旅で少しずつ、信頼できる男性と出会ったけれど。男性全体への拒否感は消えていない。
「お前はもっと怒るべきなんだよ。少なくとも10人は、兄と姉が居る筈だったんだから」
「はっ!?」
「……まあ、お前のように健やかに成長できたかは怪しいがな」
声が出た。思ってもみなかった声が。
心臓がバクバクしている。その裏で。冷静に、彼の言葉を考察する私が居る。
「メスの……エルフとニンゲンの違いは何も月経の有無だけじゃねえぞ。エルフィナは……あいつは、他の亜人娼婦達を庇うようなことをずっとしてた。毎回、堕ろさせられていた。80年間だ」
「………………!!」
膝が崩れた。
口を抑える。
「俺がギルドの依頼を受けてエルフィナに会った時。あいつは懇願した。このままでは、死んでしまうと。どこか路地裏にでも捨てられて終わると」
もう、分かってしまったからだ。母の顔を浮かべる。
母を。
「俺は根回しから始めた。この一件で、終わらせるように。俺が囮となって、皆が俺を向くように。エルフィナからの依頼を受けた。亜人の女性達の緊急避難所を作れるよう。元々、森に巨大樹を再生して準備自体はしてきてたみたいだったしな。簡単だったぜ」
◆◆◆
「ああ、報酬の話か。エルフィナの依頼のな。……今、俺の目の前に居る」
それから。
私は彼といくつか約束をした。
「お前は、あのデーモンを殺すしかない。ニンゲンとエルフとの間に産まれた奇跡の子だ。必ず、あいつを出し抜ける」
「いいえ」
「?」
「私がやることはシンプルよ。私は私自身の目的の為に、デーモンを見付けてシャラーラの元へ送り届ける。その為にはデーモンと仲良くなるのよ。それが近道だわ」
「……!」
賢者になれと。母が何度も私に言った。
世界を見回って旅をしろとも言った。
そのふたつは、矛盾しない。
ニンゲンを嫌いになれと言った。
フェミニストにも困っていると言っていた。
私を守る為だ。今なら分かる。
そして。
「まずは、私の目で全てを確かめる。今の所、あなたの言葉で優先度が低いのは、男女対立の実態よ」
「なに?」
「私にはどうしても、規模が小さくくだらないものに見えるわ。街を見ても。どの国も。夫婦は愛し合って子供が外で遊んでいる。フェミニストの皮を被ったミサンドリストなんて、極々一部の完全少数派。あなたが危惧しているような『ニンゲン界滅亡』なんて、そんなくだらない理由では起きないわよ」
「…………!」
そう。男女が愛し合うのは本能だ。それに打ち勝てる者は少ない。何故なら生物としての基本だからだ。
同時に、主義主張は自由だ。勝手に言っていれば良い。私のこれからの冒険には関係無い。
「だからあなたは、まだ私に嘘を吐いている。本当のことを何か隠している。少なくとも、私を誘導しようとしている。……私はエルフに見えるけれど半分ニンゲンなのよ。あなたの嘘、これから解明してみせるから待っていなさい。また来るわ。母の話、ありがとう」
「エルル」
立ち上がる。
振り返らない。
私はまだ、彼を父とは呼べない。ルフや大長老達の家族を大勢も死に追いやった空前の大罪人であることは事実で、許し難い。
私はまだまだこの世界を知らない。知らなくてはならない。
再びこの人の前に立つ時に、対等に会話ができるくらいには。




