第86話 性嫌悪の行き着く実害
「『フェミニズム』。……勿論知ってるよな」
「いきなり何の話? 母からも、他のエルフからも聞いているわよ。女性尊重主義でしょう? ニンゲンの国で暮らすエルフは半数近くがフェミニストだと」
これは授業だ。ルルゥやルフから。母から受けたような。
父から子への教育。……と呼ぶにはあまりにも不快だけれど。
「実際どうだ? 見てきたろ。フェミニスト達の活動は?」
「…………知らないわ。私は国や街にそこまで関わっていないの。冒険者ギルドの手助けでここまで来たから。船で、騒いでいた人は居たけれど」
「森ではどうだった?」
「……親は子に、男性への愚痴と恨みを教え込んでいたわ。子は、会ったことも無い男性全てを嫌うように育っていた」
「だろ? おかしくないか? 疑問に感じなかったか?」
「……何を?」
「フェミニズムってのはな。エルル。女性が社会で、男性と同じように活動できるようにすることを目指す思想だ。あるひとつの行動について、男性が制限されないのなら、女性だって制限されないでできるようになるべきだ、とな」
「知っているわ」
「おかしくねえか?」
「?」
この男は、急に何の話を始めたのか。デーモンの話では無かったのか。母と自分で世界を騙していた話ではなかったのか。
「思想と実態が合ってねえだろ。フェミニズムって思想には、男を忌み嫌うなんてものは存在してねえ」
「!」
その時。私の脳裏に映ったのは最後の母のことだ。母は過激な住民に対して困っていた。……『エルフェミ』に対して。
「男と一緒に。……社会を盛り上げ、経済成長して。もっと国を、国民を、暮らしを豊かにすること。男女一緒に、だ。『それ』がフェミニズムの根本なんだよ。少なくともこの、俺達の生きている世界ではな」
「…………男女、手を取り合って」
「そうだ。俺達は仲良くやるんだ。社会の為に。次世代の子供達の為に。男と女は愛し合うんだよ。分かるだろう。フェミニズムが求めたのは『そこ』なんだよ。決して、男女の分断を煽って対立させるような危険思想じゃねえ。断じて違う」
「……!」
ルフが言っていたことだ。支配圏を伸ばして安全圏を確立させ、爆発的に増えた人口。男社会でやがて、女性達の勘違いが起こったと。母も。男性達の勘違いが起こったと。
それを正そうとしたのが、フェミニズムなんだ。
「男性嫌悪はフェミニズムじゃねえ。『ミサンドリー』つって、また別の思想だ。男女の分断は出生率の低下をもたらす。やがて、種族は滅びる。……ニンゲン界を徐々に滅ぼそうとする奴らが、魔界に居る訳だ」
「!」
今。ニンゲン界と魔界は、大規模な戦争をしていない。お互いにデメリットが多すぎるからだ。
「魔界との境界線が引かれて、戦争をしなくなって、数世代経つ。ニンゲンはすぐ死ぬから代替わりが早い。すると、戦争のことを忘れちまう。平和ボケって奴だ。……影から忍び寄る狡猾で老獪な悪意に、気付きもしねえ」
「ニンゲン界の男女対立を煽る黒幕が、そのデーモンだと……?」
「そうだ。奴らの、憎しみと遊びが半々だ。失敗しても良いし、成功しても美味しい。分かるだろ? 奴らデーモンには、生殖機能が無え」
「!」
デーモンには生殖機能が無い。シャラーラが自ら語っていたことだ。
「ムカつくんだとよ。イチャイチャイチャイチャやってる種族が。……エルフィナも最初は本当に、戦後傷付いた女達の緊急シェルターをやっていた。だが、すぐに『ミサンドリスト』達が大勢詰め寄せた。結果、あのザマだ」
「……なら冒険者ギルドにも、既にデーモンの手先が」
「無意識で無自覚にな。だが少しずつ、放置できない人数になってきた。それだけの数を自動的に洗脳して扇動できるってことだ。お前がこれから、捕まえようとしている奴は」
男性嫌悪。
私の中で、すとんと腑に落ちた気がした。




