第85話 獄中から世界を騙し続ける男
すぐに斬首を。
見届人として、各地のエルフの長を呼んで。
私が執行人を務める。
…………そう、大長老に言ってしまうのは簡単だ。けれど、私が望むものと、彼らが私に期待することはそれじゃない。
「駄目ですよ……?」
ルフに言われたのだ。きっと、私の表情で察しが付いたのだ。決意を固めた直後だったから。
「……ルフ。私はもう、ニンゲンの男性をひとり。エルフの男性をひとり。……この手で殺しているのよ」
レンは隠していたようだったけれど、私は船でその記事を見てしまった。
今私――殺人エルフのエルルは。
人殺しであり、
同族殺しであり……。
「駄目です」
そこに親殺しを追加しても変わらないじゃないか。
「…………分かっているわ。けれど、皆に求められる姫そのままで居たいと思うほど、私はお利口さんでは無いわ」
「……知っています」
私は、エルフの姫であることを自覚した。同時に、『エルルであること』を諦めたくない。
知識を得ようと冒険することは危険に近付き寿命を縮める愚かなことであり、長く生きる為に安全に暮らすことが賢者の要件であるのなら。
この世に賢者など居ない。
この世に、冒険者という職業は存在していない。
私が賢者と詐欺師の間に産まれて、両方の性質を受け継いでいるのなら。
上手く使えば安全に長く生きられるであろう、この賢者の頭を使って。
長く冒険してやろうと思う。
「……良いのですか」
「ええ。申し訳ないけど、撤回させて。もう大丈夫だから。……今回は5分を超えて話すわよ。大長老にはそう伝えて。もう、大丈夫だからと」
「……かしこまりました」
◆◆◆
再びやってきた。樹牢の間。ルフは同伴させていない。
「……お。意外と早かったな。エルル」
「ええ。腹を決めたから」
前ほどの嫌悪感は無い。顔を見れる。
白髪。
鼻は高く、目はたれ気味。無精髭から薄ら笑いを浮かべている、成人男性。
「俺を殺すか? それとも出してくれるのか?」
「どちらもしない」
「俺が魔界で出会ったデーモンの情報、要るか?」
「…………!」
分かっているのに。動揺してしまった。一瞬だけ。
それを見逃してくれる彼ではない。もう全て、悟られてしまった。
やはりこの男は危険だ。
「耳を貸さない。話に乗らないわ。私はあなたのことを知りに来たの。私のこととか、これからのことは話す必要は無いわ」
「それより気を付けろよ」
「聞きなさい」
「シャラーラは良い。あいつは友好的過ぎるからな。問題は他のデーモンなんだ」
「ちょっと」
「何せ『俺が1万年生きた』みてえな奴らだ。お前、俺に騙されていることにすら気付かない程度で、なんとかなると思うなよ。即座に死ぬぞ。それは俺も望まない」
「!」
会話が、できない。
強引にでもやりたいのに。彼のペースが、強すぎる。
そんな話題。今の私に無視できる訳ないのに。それをよく分かっているのだ。ヒントは私が与えてしまった。
「…………どういうこと?」
「ははっ」
ほら。もう。訊いてしまった。笑われた。
「正確には、お前を含むニンゲン界全体だ。俺とエルフィナに騙されてる。誰も気付かねえ。気にしねえ。ニンゲン達だって、エルフが『純粋で素直』だと思い込んじまってる」
「…………!?」
この男は……。
一体。本当に。何者なんだ。




