第84話 何よりも罪なき尊い命
「しかし。実力的に魔界冒険の基準を満たしているとは言え、ゲン様にとっても初めての魔界入り。さらには怒れるエルフの戦士達が全力で追ってきます。途中、魔界の亜人達や大型の魔物による横槍も入りつつ。……多数の犠牲を払い、遂に彼を捕らえました」
「……ええ」
結果。
エルフの勝利。ゲンは樹牢に囚われることとなった。
しかし。
「彼の処遇は極刑。すぐにでも斬首すべきとの声が多数挙がりました。が、大長老様がこれを否定しました」
「どうして?」
「…………」
ルフが、そこで口を閉じた。私と目を合わせた。
私を見たのだ。微笑んで。
「ルフ」
「……エルル様」
「ねえどうして……。私を『歓迎』したの?」
「エルル様」
動悸が速くなる。
汗が出てくる。
息が苦しくなる。
横隔膜が、せりあがる。
「私を受け入れたの? 私は……。エルフ史上最悪の大罪人の、娘なのよ?」
もう、ルフの表情で。察している。けれど。
どうしても言葉にして、確認しなければならないと。
強く思った。私の『半分』が、そう強く訴えていた。
「皆……大勢死んだのよね? ルフ。あなたのお父様とお兄様も。……どうして、私に……。そんな。そんな顔を、私に向けられるの? ねえ……っ」
震えた手の甲に雫の感覚。私の涙だ。零れ落ちるほど、いつの間にか。
「エルル様」
「……どうして……」
「……やはりエルフとニンゲンでは、少しだけ、考え方が違うのかもしれません」
「え……」
その手を、握られた。重ねられた。
「大長老様はこう考えました。子供はどう思うかと」
「!」
「どんなに悪でも、父親だ。どんなに悪でも、子から父親を奪うことは良くない。子育てに参加はさせないが。子がいずれ、成長して全てを知りたいと願った時。その時に、選ばせれば良い。……この男の処遇は、産まれてくる子に任せることとする」
「…………」
両手で。
握られた。強く。
「私はこう考えました」
「え……」
「どんな気持ちだろう。何を思うだろう。産まれてくる子は。最後の姫という重荷を背負って。他人種の血が混ざった境遇で産まれて。父親が同族の仇敵で。……全てを知った時、『その子』は大丈夫だろうかと」
「…………」
ルフのベッドに、ふたりで腰掛けている。隣り合わせだ。私の右脚と彼女の左脚が触れ合う。
「これは私達の総意になりました。受け入れてあげようと。どんな性格でも。どんな選択をしても。仲間として。同族として。姫として。……支えて、差し上げようと」
「…………!」
言葉が出ない。言葉にならない。
前を、彼女を見れない。
尊すぎて。
「何故なら子は、産まれる親を選べません。どんなに悪人の子に産まれても、子に罪はありませんから」
「……ぅっ!」
『これ』を。
心の底から本気で思うのだ。彼女達エルフは。
だから騙されるのだ。だけど。
「もう、途絶えていても何も不思議でなかったのに。……血が混ざったことは些末事なのです。あなたは、産まれてきてくれた。エルル様。……姫様。あなたは私達にとって何より尊い命なのです。エルフの象徴として。種族結託と繁栄の旗印なのです。どうか、ご自身を卑下などなさらないでくださいね」
私はもう、彼女達を一生、裏切ることはない。騙すことは無い。
この暖かい期待と敬意に見合う、『エルフの姫』に成らなければならないと思った。




