第83話 一瞬の快楽と一世一代の邪悪
ルフの話は続く。懐かしい感覚がする。
「エルル様。亜人同士でも差別があることをご存知ですか?」
「……いいえ。知らないわ。差別はニンゲンがするものと覚えたもの。これまでの旅でも、亜人が亜人を差別するシーンは見ていないわ」
「魔界の亜人は、ニンゲンを憎み過ぎています」
「!」
魔界。ニンゲンが引いた線だ。けれど、本当にそれが戦争によって引かれた『領土線』であるのなら。
私達亜人にとっても無視できない線だ。
「リザードマン。ドラゴニュート。コボルト。オーク。ケンタウロス。ラミアなど。……特に『魔族』と呼ばれる魔界の亜人は、ニンゲン界よりもさらに多種多様です。分かりますか?」
「…………」
挙げてもらった種族を思い浮かべるが、分からない。会ったことも無いのだ。当然、ニンゲン界に降りてこない亜人も種族単位で存在する。エルフやハーピーなんかは比較的、ニンゲンと友好的なのだ。……『あれ』でも、友好的と、一応言えるのだ。確かに、存在自体が伝説的に扱われるドラゴニュートなんかと比べると。
「外見……」
「その通り」
ぽつりと言った言葉が、正解した。私は驚いてルフの碧い目を見る。
「彼ら『ニンゲンと掛け離れた外見』のヒト種は、私達のような『ニンゲンに近い外見の亜人』をも酷く嫌っています。もっと言えば、ニンゲン界に住んでいることさえ許せないのだそうです」
「…………ハーピーは」
「ハーピーは、『真に自由な種族』ですから。魔界とニンゲン界の境界線など、本当の意味で全く気にしていません。魔界の亜人達もハーピーの扱いには困っているとは思いますよ」
ハーピーも、ニンゲンから離れていると言える。腕と脚が全く違うのだから。だがそれは一部の例外なのだろう。ともかくエルフは、ニンゲンとの外見的な違いは殆ど無いに等しい。彼らからすれば、私達すら『ニンゲンの一部』と捉えられているということか。
「まあ、気にしなければ良いのにニンゲンを基準にしている時点で考え方が飲み込まれていますが。ニンゲンとは直接戦争をしている歴史がある以上はお互いに無視できないのです。勿論ニンゲンからすれば魔界の亜人もニンゲン界の亜人も変わらず差別対象ですよ」
「…………」
何故この話をルフがしたか。
そんな『魔界』に。ゲンを追って、エルフ達が殺到したからだ。
「私の父と兄を含む……殆どのアーテルフェイスがそこで死にました。中には魔界入りの基準に満たない戦士も居ましたが、止められる者は居ませんでした。私と妹は、まだ幼かったので連れていってはくれませんでした。全ては魔界で、行われました」
「!」
大家族ではない。大長老はそう言った。
エルフの寿命からすればおかしな話だ。
つい、12〜3年前に。
滅んだのだ。
大長老以外の、オスのアーテルフェイスが。
「……魔界入り」
「はい。エルフではなくギルドの基準です。魔界の冒険が認められる実力がある冒険者のことです。最低限、魔界の亜人に対する防衛手段を単独で行使、逃亡が可能な水準が必要です。一人前のエルフの戦士でも厳しい水準なんです。……ゲン様がパスできる資格ではありませんでした。ギルドの評価通りなら」
「……ゲンは魔界への逃亡の為に、実力を隠していたのね。最初から」
「だと思われます。島へ来た子供の頃に既に、この計画を立てていたのだと思います。冒険者登録をする前に。してからも、エルフィナ様に近付く為に、傭兵をやっていたのでしょう」
ニンゲンはエルフと違い、すぐに寿命が来る。彼はその人生を掛けて、実行したのだ。他の全ての道を犠牲にして。
自分の存在の殆どを支払って。エルフの怒りを買ったのだ。
エルフの王女を犯す一時の快楽と、産まれてくる子への呪いを手に入れる為に。




