第82話 エルフ種族の矜持と怒り
犯罪者に対する姿勢というのは、その組織にとってとても重要だ。
舐められてはいけない。犯罪者にも。諸外国にも。毅然とした態度で粛々と行わなければならない。
それが、種族全体の問題となると尚更だ。
「草原のアーテルフェイスだけではありません。これには全てのエルフが立ち上がりました。洞窟のエルフ『レイゼンガルド』。高山のエルフ『イェリスハート』。そして森林のエルフである、『エーデルワイス』等。ゲン様はニンゲンの国際社会と冒険者ギルド、エルフ種族全てを敵に回したのです。大捜索が行われました。かつてない規模の人数が、魔界へと突入しました」
「…………そこまでの大事に」
エルフの掟を破ったと言っていた。それが気になる。
「……私の妹ルフェルを見て分かる通り、エルフは割りと自由です。大長老様もハーレムを作っているように、その長寿も相まって、夫婦や家族のあり方は、ニンゲンと異なることが多いです」
「そうね」
私は、歪んだ中途半端なニンゲンの基準で育てられた自覚がある。エルフの『普通』を知らない。
母に功罪があり、父親にも功罪がある。……ゲンのことを『功』などとは言いたくないけれど。母の呪縛から解き放たれたのは私の中にニンゲンの部分があるからだ。それが事実である以上は、功と言わざるを得ない。
「そんなエルフ社会でも、破ってはならない暗黙の掟があります」
「ええ」
「『同意なき子作り』と、『やり捨て』です」
「……!」
暗黙。
つまり合理性ではない、文化だ。エルフの文化。エルフが『感情的になる』スイッチだということ。
「メスは弱いのです。オスが力付くで抑え付け、強姦をすることは許されません。何故ならそれによってメスが、オスの心を支配することはできないからです。男女の役割が崩壊しているのです。『男社会』では、メスは『居なければ子が生まれない』と考えます。まあ本来は『つがい』でなければ生まれないのですが……。ともかく、オスはオス同士の連帯感と社会性により、メスは『守るべき』という風潮なのが原則です」
メスは弱い。
オスがその強みである力でもって屈服してしまえば、メスの強みである『オスの支配』ができない。するとその夫婦は崩壊する。これは以前ルフの授業でもやった内容だ。家族の崩壊は子に影響する。子が上手く育たなければ、次代に悪影響が出る。やがて種族は滅びの道を辿ることになる。
崩壊の手綱は、オスの手に握られている。だから、オス同士で暗黙の掟を作り、お互いに監視しあっているのだ。それが、生き残りの知恵だった。
「そして『やり捨て』。これはとんでもない大罪です。生物として、エルフは『つがい』、そして集落で子を育てることを前提としています。家族を守る盾であり、生活を担う大黒柱であり、労働力であるオスが『ひとり妻子を置いて逃げる』ことは絶対に許されません。周りのエルフ達に負担が掛かりますから。ハーレムでも乱婚でも変わりませんよ。『抱いたのなら一生面倒を見る』のが原則です。それがオスエルフの矜持です。信念です。誇りです。オス側から切り出す離婚など、絶対に認められません。逃げるなど、他のエルフ全員から一生後ろ指を差される晒し者です。たとえ強姦をしても、一生責任を取るつもりで事後に両者合意があるなら許される場合さえあるくらいに」
ルフの説明は熱が籠もっていた。これは本当に、とんでもない話なのだ。
種族の存続進退、生命の機能維持に直結するほどの。
「……その『大罪』を。『ふたつとも同時に』。…………よりによって出奔した最後のエルフの姫の、ようやく見付かった『希望の娘』に対して犯したのです」
希望の娘。母はそう呼ばれていたのか。フェルエナやルーフェやルフではなく……。母や私が、大長老の『長子の直系卑属』だからだろうか。
エルフの、由緒正しい王族に。ニンゲンの血を、悪意を持って故意に混ぜた空前の大罪人。
「思い知らせなければなりませんでした。エルフの怒りを。本人に。そして、国際社会に。……ニンゲン達に」




