第81話 自由な犯罪者の軌跡
「彼……ゲン様は、元々普通の冒険者でした。出自も不明で、誰か冒険者に拾われて島に来たような。そこで修行と経験を積み、ただのひとりの冒険者となりました」
ゲン。
種族はニンゲン。
年齢は、32だという。19〜20歳の時に、母を襲ったのだ。
その時には既に、100年を生きた賢者のエルフを騙せるレベルの詐欺師であったということ。
「彼は特に、『ニンゲン界』の冒険者でした。ギルドの評判は普通。並です。取り立てて能力も高くなく、ニンゲンの国同士の戦争で傭兵や賞金稼ぎをしていたそうです」
私が産まれる前。つまりルフも、今の私と同じ年齢の頃だ。まだ彼女も冒険者ではなかった頃の筈。
「彼はいつか、どこかで大長老の話を聞いたのだと思います。『エルフの姫』について。賢者について。そこで興味を持ったのでしょう。当時、ニンゲン同士の戦争で敗戦国であったオルスの情報は占領国によって封鎖されており、こちらまで回って来なかったのです。ですから、フェルナ様とエルフィナ様の安否も分かっていませんでした。……私の母も」
ルーフェは、母を戦友と言っていた。……母と共に、娼婦をやっていたのだろうか。では何故、巨大森に誘いを断ったのだろう。
ルフは、自身の母の話は横道に逸れると、話を戻した。
「それで、当時ニンゲンの戦争事情に詳しい冒険者に依頼がなされました。キャスタリア占領下のオルスへ行って、フェルナ様とエルフィナ様を含む、現地のエルフや他の亜人達の現状を把握せよという依頼です。受けたのが、ゲン様でした」
当時のオルスは。
森は焼かれて無人だった。80年掛けて巨大樹を再生している最中だったけれど。母はまだ娼婦だ。祖母は既に死んでいた。
保護区指定のなされる前。亜人が最も、虐げられていた時代だ。
「次に私達が見たのは、世界中に撒かれたニュース記事のひとつです。そこには『エルフの女王』としてエルフィナ・エーデルワイスの名前がありました。オルス指定亜人保護区と保護法の制定、そして……エルフィナ様に宿る命についての記事でした」
私だ。
「ゲン様からの報告はありませんでした。彼はそのまま失踪したのです。……記事で知ったのです。お腹の子どもの、父親の種族を。その、強姦魔の名前と所属組織を。冒険者ギルドは一夜にして、『犯罪者組織』というレッテルが貼られ、各国から批難されるようになりました」
「!」
冒険者ギルドは犯罪者組織。それは私の知識にある。けれど。港によっては受け入れられていたり、シャラーラの存在があったり。不思議には思っていた。アーテルフェイス商会のような隠れ蓑を必要としつつも、割と表立って活動していたりする。この矛盾はなんだろうと。
元々、冒険者は。
「この世界は、ふたつに分類されます。お気付きでしょうが、『ニンゲン界』と『魔界』です。……ニンゲンが踏破し、支配圏とした、この惑星の7割をニンゲン界と。ニンゲン未踏の地を魔界と呼んでいます。魔界とは魔法の世界。エルル様のよく知るクレイドリのような魔法生物や、より『ニンゲンから姿形の離れた』強力な亜人達の棲まう深山幽谷の地。冒険者とは元々、魔界を探索しヒトの支配圏を広げる、『ニンゲンの尖兵』だったのです。今となっては全く別の組織になりましたが。ともかく、ゲン様は魔界へ姿を消しました。追手は来ないと踏んでいたのでしょう」
――魔界。
また、ニンゲン基準の線引きだろう。その基準なら、元々世界は全てが魔界だったことになる。
あのクレイドリはニンゲン達に住処を追われて、森へやってきたのかもしれない。
ゲンのように。




