第80話 ルーツを辿る旅の終わり
ルフの寝室で目が覚めたのは、次の日の夕方だった。私はそれほどに憔悴していたのだ。旅の疲れと同時に出たのだろう。
大森殿から少し離れた草原の集落。ニンゲンの建築様式にエルフの意匠が施されたハイブリッドな集落だった。
「エルル様。ご体調は」
「…………あまり良くないわ。ごめんなさいねルフ。ベッド、占領してしまって」
「とんでもない。私は海岸に別でパーティの宿屋も取っていますし」
「…………」
そう言えば、ルフは帯刀していない。この島で会った時からだ。丸腰だ。
「……レン達に、挨拶できなかったわね」
「まあ、また2ヶ月後に来ますから」
ルフが淹れてくれたハーブティを飲む。暖かい。少し気が楽になる。
「…………どうして、魔封具無しで私を彼に会わせたの」
「えっ」
私がこんなことを言うなんて。思ってもみなかった。けれど。
今となっては、この島の危機意識に疑問を抱かざるを得ない。
「……私を、あの樹牢にもう近付けたら駄目よ。いつかきっと、私はあれを壊してしまう」
「…………それは」
ゲン。そう呼ばれていた。
私と彼は、会っては駄目だ。強くそう思う。面会が1日5分。ということは、それがエルフの限界なのだ。
より彼と親和性の高い私は、その5分を存分に使って彼に洗脳されるだろう。母より狡猾で、欲どうしい。彼はずっと、その『5分』の使い方を練習してきた筈だ。ここぞという時の為に。
私に昨日会って、少し試して。恐らくは最終調整も済んでいる。
もう会ってはいけない。昨日仕掛けて来なかったのが最後のチャンスだ。
何よりもう、近付きたくない。あんなしんどい思いをしたくない。あのプレッシャーが無くとも、母を強姦した男などと。
「……あんなに負の、感情的なエルル様は初めて見ました」
「…………でしょうね。私もよ」
隣に、座ってくれた。もう私とルフの関係は、姫様と護衛ではない。
親戚のお姉ちゃんだ。護衛の名残で、私を慕ってくれているだけ。私の倍生きている人生の先輩だ。
「よく、捕まえられたわね。彼を」
「…………エルフという種族の、全てを懸けましたから。魔界まで捜索隊を出して。大勢死にました」
「!」
驚いて彼女を見ると、目が合った。碧い瞳。ああ確かに、こう見るとルフェルと似ているかもしれない。ルフの方がツリ目だ。
「彼は、ニンゲンでありながらエルフの掟をいくつも破ったのです。どれだけ犠牲を払おうと、野放しにしておくことはできません。……大長老様は当時、エルフ達を止められましたが」
エルフの掟。
私は知らない。母には教えて貰っていない。
「……聞かせてくれる? その話。全て」
「はい。お話ししましょう」
ここからだ。
私が幼い頃から気になっていた父親のことを知る旅。それを通して、自分自身を深く知る為の旅。
それが今、佳境を迎えている。
私の人生のひとつの節目が、終わろうとしている。




