第79話 悪意で侵蝕する外道
人は、騙される。基本的に人とは、真面目で素直なのだ。
その良心に付け込み、私欲を満たす外道が居る。
それを詐欺師と言う。
「もっと近くまで来てくれよ。顔をよく見せてくれ」
ルフに異常は見られない。きっと、彼からこのプレッシャーを感じているのは私だけだ。
私の、ニンゲンの部分が警鐘を鳴らしているのだと分かる。
私にも外道の血が流れているからだ。
「……ああ、綺麗だ。俺は若い頃のエルフィナを知らねえけど。きっとこんな感じだったんだろうな。俺の好きな顔だ」
「…………!」
気持ちが、悪い。
髪が分からない。目が分からない。鼻が分からない。
『舌』。
私が彼に抱いた第一印象はこれだった。頭から足まで、舐め回されているかのように気持ち悪い。
無貌の怪物。
「よく、会いに来てくれたな。エルフィナに育てられたんだろ?」
「…………」
彼は、母が現代フェミニストの頂点だと知っている。私を産んだ経緯を含めると、私もフェミニストに育っており、冒険者と父親を憎んでいる筈だ、と。
そう思うだろう、と思う。
「私は母の思い通りには育たなかったわ。だからここに来たのよ。私のルーツを確かめるために。……もう死んでいるかと思っていたけれど。でもやっぱり、この島に居たのね」
「そうか。嬉しいなあ。孝行娘だ。報われた気分だ」
ああそうか。
私が母の思い通りに育たなかったのは、半分が『ニンゲン』で、彼のように性格が悪かったからだ。
「…………亜人は、根が素直で真面目で。……『騙しやすい』のね」
「ああ、そうだ。ここまで旅してきたならもう分かるよな。だから、あの子達はフェミニストになる。簡単に歪む。歪んだことを自覚せずに、信じるものを信じる」
隣でルフが、首を傾げた。
私と彼の間には既に、シンパシーが発生していた。多くを語らずとも通じ合っていた。
悍ましいほどに。
「……私が生きているから、あなたは殺されないのね」
「ああそうだ。やっぱり俺とエルフィナの子だ。賢いな。なら俺の実験も成功かな」
「…………?」
当初私は。
無理矢理、母が襲われたからと。
彼の方が、母を好きなのだと思っていた。
その言葉に、考えを巡らせて。
「……!」
至る。
笑っている。ようやく彼の表情が記憶できるようになった。
「……『ニンゲンの賢者』を、人為的に『造り』たかったの……!?」
「…………」
笑っている。
悪意が、流れ込んでくる。魔力ではない。この男に欠片も魔力は無い。
彼の悪意が錯覚となって、彼の先から地面を伝って。樹牢をどろりと抜けて。私の足元から伸びて、身体を侵蝕してくる。
「…………っ!!」
堪えきれなかった。
「あなたのせいで! 私は毎月生理で苦しんでいるのよ! あなたのせいで! 母を失望させた! 父親があなたでさえなければ! 私は母と森を信じて何も知らないフェミニストの娘で居られたのにっ! あなたがっ! …………うぅっ」
叫んだが最後。
がくりと。
膝を付いた。何故。私は彼に何もされていないのに。彼は牢の中で座ったまま一歩も動いていないのに。
何故私が倒れているの。彼の前で、立っていられない。
「エルル様!」
ルフが肩を支えてくれた。そのまま担がれて、彼に背を向けるように反転。
「……面会時間は『1日5分』です。それ以上は面会者の精神衛生に関わります。今日はこれで失礼します。ゲン様」
「……また来てくれよ。俺はここから動かない。待ってるよ。俺の愛する娘エルル」
そこからの記憶があやふやで。
どうやって戻ったか覚えていない。




