第77話 愚かなる冒険の道
私は少なくとも、このエデンの島に2ヶ月は滞在することに決めた。出る時はレンの船を使うと約束したからだ。いや確約はしていないけれど。
「フェルナはわしの曾孫じゃ。つまりお前はわしの……何じゃ?」
「ええっと。来孫、かしら」
「そうじゃそうじゃ。賢いのう、エルルは」
森殿で、まず大長老と食事をした。4人掛けのテーブルに私と彼だけ。彼の背後には若い女性のエルフが数人。中には赤ん坊を抱いている人も居る。私の背後には何故かルフ。もう、母に雇われた私の護衛ではないというのに。
「大長老のご年齢は?」
「『おじいちゃん』と呼んでくれんか」
「…………おじいちゃん」
「ふむ。わしは今年で……。何歳じゃ?」
「大長老。2024歳です」
「おおそうか」
彼の傍らに、あの老エルフが居る。彼女は背後に居るエルフとは違う立ち位置なのだろうか。
「む。紹介がまだじゃったな。ほれ」
そんなことを考えていると、その魔力を感じ取られたのか、大長老が彼女に促した。
「……フェルエナと申します。大長老補佐をしています。私は姫様の、曾祖叔母に当たります。大長老の孫で、フェルナの母の、妹です」
「…………曾祖叔母」
もう、よく分からない。とにかく家族なのだろう。私が末の娘なのだ。
「大家族ではないぞ」
「!」
大長老が、一瞬鋭く私を見た。
「エルフには、2種類が存在する。……ああ、砂漠とか草原とかそういうことではない。寿命の話じゃ。一般的には長寿と言われておるが、それは全てのエルフに言えるようなものではないのじゃ」
「……分からない。知らないわ」
エルフの寿命は長い。それは教わった。何千年と生きる者も居ると。それがこの大長老や、フェルエナなのだろう。しかし。大家族ではない、とは。
「賢者と。……愚者じゃ」
「!」
ここで。
母の教えと繋がった。ずっと、幼い頃から言われてきた。賢者になれと。
ずっと、自分は違うと思っていた。私は愚者だと。
「わしの子は全員死んだ。孫はこのフェルエナ以外死んだ。曾孫と玄孫も全滅じゃ。残ったフェルナも、娘を産んで死んだそうじゃの。そしてオルスに居るルーフェも……。いつ報せが来るかと怯えておる。あの大陸は怖い。悪いニンゲンの国じゃ」
エルフの王族であるアーテルフェイスは。これまでの旅で私が出会ったエルフで全員だった。
彼はそう言っていることになる。
「……後ろの彼女達と、赤ん坊は」
「ああ。ようやく産まれてくれたのじゃ。エルフは長命である為、子が中々できんでの。レイゼンガルドやイェリスハート……他の里から若いメスのエルフを数人分けて貰ったのじゃ。彼女らはわしの最後の妻達。あの子らはわしの最後の子供達じゃ」
「!」
「この島の森に、オスのエルフはわしだけじゃ。草原のエルフのオス達は、メスを奪われると怖がって森へ入りたがらん。……まあ、海岸のギルドにはオスエルフ自体は沢山おるがの。それも皆、冒険に取り憑かれた愚者じゃて、わしを継ごうという者は居らんのじゃ。……ハーレムだというのに、興味も示さん。そんなに良いのかのう。冒険とは」
大長老は振り返って赤ん坊を撫でながら、口を尖らせた。
ああ、そうか。
分かった。
彼の子孫達は皆、世界各地に散っていって。
そこで死に絶えたのだ。
この島に居れば安全だったのに。
それが冒険。それが愚者。生きることが生物の目的だとしたら、危険な冒険をすることは愚かであると、そういう理論だ。
危険な男性とニンゲンを締め出して安住の地を作った母は、やはり賢者だったのだ。何故なら、今生きているから。
私は冒険者になる。つまり、愚者への道を行こうとしているのだ。
望む所だと、思った。




