第76話 エルフの姫とエルフの王【第3章最終話】
ひと目見て、分かった。この、『大森殿』というものは。
オルスの。巨大樹と同じ樹で。恐らくは母……いや。
祖母が、ここを真似て巨大森を作ったのだと。
いくつもの大樹が絡み合って巨大なひとつの世界樹を形成している。それをくり抜いて、中に部屋を作る。樹を枯らさないように、樹を丸ごと建物として活用する、エルフの建築技術がある。そのノウハウを、祖母がオルスへ持ってきたのだ。あの巨大樹自体は元々あそこに根付いていたと思うけれど。一度ニンゲンの手で焼かれて滅ぼされて失ったから。
「……大長老。ほら来ましたよ。ユーマン殿の手紙にあった時間通り」
森殿に入ると大広間だった。私達に気付いた女性の老エルフが、奥に座るエルフに声を掛けた。他には女性のエルフが数人、彼を囲んでいた。
「ん。おう! フェルナの娘だな! よく来た!」
「!」
彼は木製の机で書き物をしている途中だったようだ。老エルフの声で顔を上げて私達を見る。
私を。
私と同じ、エメラルドの髪と瞳。
少年だ。幼い顔。低い身長。大きな声。覗く八重歯。
「大長老。フェルナの孫娘です」
「おお? そうか。フェルナが……。孫!?」
目が合う。魔力の流れが見える。この人は。
私と血が繋がっている。
「フェルナが島を出てどれくらい経った?」
「大長老。252年です」
「そうか……」
「因みに、フェルナはもう死んでいます」
「…………そうか」
老エルフの説明を受けて、目を細めた。それから再度、私に向き合った。
「よく来てくれた。わしがルエフ・アーテルフェイス。『創世』の代より数えて8代目。『新世』より数えて3代目の『エルフの王』じゃ」
エルフの王。
見た目こそ少年だけれど。
感じるその魔力は、これまでの誰より豊かで深い。
「……エルル・エーデルワイスよ。オルス巨大森出身。母はエルフィナ・エーデルワイス。……森では『エルフの姫』と、呼ばれていたわ」
名乗る。ここで初めて、私はエーデルワイスを名乗った。私のルーツがアーテルフェイスにあろうと。私の母親はエーデルワイスだ。
私はオルスの姫だ。エルフの王族ではない。……そう、思っていた。母からもそう教わった。私は姫だけれど、王女ではないのだと。
「エルルか。歳は?」
「12」
「……そうか。その母は健在か?」
「ええ。オルスの森で亜人の社会弱者を受け入れて世話をする施設の女王をやっているわ」
「そうか。……そうか」
この人は。
母を知らないのだ。エルフィナを。きっと、祖母は母をこの島へは連れてきていないのだ。
私も、生まれる前に亡くなった祖母を知らない。
冒険者ギルドのことが無ければ、私はここへ来ていない。この人と会うこともなかったのだ。
全てが噛み合って、私達は出会った。それを慈しむような表情を、彼がしていた。
「……話そう。お前も訊きたいことがあるじゃろう。食事の用意もある。まずは旅の疲れを取ることじゃ。……ルフにルヴィ、ルフェルもよう帰ってきたな。エルルの世話をしてやってくれ」
「かしこまりました」
「あ? いや、オレ達は明日にでも船出るぜ。なあルフェル」
「……まあそうですね。というか私はこれから仕事なのでもう失礼します。ではエルルさん。島を出る時、日にちが合えばまたウチの船、使ってくださいね。大体2ヶ月に1度、この島に着くので」
「……え、ええ。ここまでありがとう。ルヴィ、ルフェル」
意外と。
エルフの王はゆるいのかもしれない。畏まるルフとは反対にいつも通りなルヴィとルフェルを見てそう思った。




