第75話 草花を揺らす儚い風
エデンには大きく分けて3種類の町がある。冒険者達で賑わう繁華街兼宿泊施設と、商会員達のベッドタウン、そして先住民であるエルフ達の集落だ。
冒険者達用の町並みは海岸線沿いに造られており、ここを拠点に活動する冒険者も用が無ければ島の奥まではやってこない。見ると、船着き場周辺で船が沢山行き来していた。活発なのだ。ここから冒険の地へ赴き、何かを収穫して戻ってくる。
ギルドの旗を掲げた船は少ない。どれも、カモフラージュで他国に行くのだろう。
一歩町から出ると、一面草原が広がっている。さわさわと優しい風が吹いている。
「……草原……」
ふと。
ルフェルを見た。彼女はぽかんとしていたけれど、すぐに察したようだ。
「ああ、言ってませんでしたね。私はここの出身なので、エルルさんと親戚ですよ」
「えっ!」
「エルルさんにお世話になったルフは私の姉です。エルルさんがオルスで会ったルーフェは私の母ですね。名前、似ているでしょう?」
「……!?」
ルフの妹!? というか、ルーフェの娘!?
「はっは。おいエルル固まっちまってんぞルフェル」
「こういう真面目な人は驚かせると楽しいですよねルヴィちゃん」
「駄目だこりゃ」
船から降りて、真っ直ぐ街を抜ける。ルーキー達はこの街に用があるのだ。レンも街に留まり、ピュイアは彼の手伝い。私達エルフだけで草原を行く。
◇◇◇
「……お墓もあるのね」
途中、墓園が見えた。円錐に削り出した石材に名前を刻んだ墓石が並んでいる。何人か冒険者達がちらほらと見えた。
もしかすると、ここに。
「あ、姉さん」
「!」
ルフェルがぽつり。すぐに私も気付いた。
小柄で。絹のようにきめ細やかな髪を肩の長さで揃えていて。
彼女は、ひとつの墓石の前に座っていた。ルフェルの声に気付き、立ち上がって振り向く。ワンピースのようなエルフの衣装で。風で乱れた髪を整えて。
「ルフェル…………あ」
ツリ目がちだった彼女の目は、うるんでいた。泣いていたのだ。ひとりで。
ここで。
彼女の蒼い瞳が私を映す。目が合った。その表情は。
無防備にも。
「エルル様」
「ルフ!」
妹を差し置いて、先に一歩出てしまった。ルフの前に立つと、彼女は視線を落として俯いてしまった。恥ずかしさと情けなさが伝わる。
反射的に抱き締めた。
「……エルル、様」
「ルフ。また会えて嬉しい。久し振りね」
「…………はい」
以前はルフの方が少し背が高かったけれど。もう同じくらいになっていた。私も成長しているのだ。
彼女の背後にある墓石を見る。エルフの文字は読めない。けれどその下に、ニンゲンの文字がいくつか添えられていた。多言語で書いてあるのだ。ここはそういう島だから。私の習ったオルス文字もあった。
「……ヒューイの墓ね」
「はい。……もう大丈夫です。ありがとうございます」
「ええ」
ゆっくりと離した。ルフの表情はもう元に戻っており、涙も消えていた。いつもの、毅然とした表情だ。
「いや、本当にいつもは大丈夫なんですよ。ここへ来ると、色々思い出すだけで。……ここには彼の骨も血も無いから、滑稽かもしれませんが」
「そうなの?」
「ヒューイは『魔界』へ挑む冒険者でした。死なば本望。死体を回収することが困難であることを了承した冒険者です。ですからここには、彼の遺品しかありません」
「…………『魔界』」
あの日々のように、彼女の言葉を繰り返す。すると彼女はふわりと笑った。
ルフ、こんなに美しかっただろうか。
「さて。改めて、ようこそエデンへお越しくださいました。エルル様。私もこれから『大森殿』へ戻る所でした。ご案内いたします」
約半年振りに会った恩師は。
なんだか消えてしまいそうなほど儚く見えた。




