第74話 魔法で隠された神秘の楽園
冒険者の活躍が描かれる小説は、ニンゲンの間でも流行っているらしい。主に子供達の間で。
その小説には、主人公は様々な魔法を使ったり、巨大な武器を使ったりして、魔物を倒して街を救ったりしていると。
魔法。未だニンゲンに解明されていない技術。それが小説ともなると『設定』は盛りに盛られていく。
「回復魔法みたいなのは無いのか?」
「……無いわ。そんな便利な魔法は。魔法と言っても、現実にありえない現象を起こす訳では無いの。無から有は生み出せない。私は空気を操って、ルヴィは空気中の水分を操っているだけ。……つまり、私やルフェルにできることは、ピュイアが食事から栄養素をより効率的に吸収できるような手助け程度なの。一般の治療より早く治る程度でしかないのよ。あれくらいの骨折なら、安静にしていれば2週間くらいだと思うわ」
私は魔力侵蝕から2日で快復した。月経が無い分少し楽だった。その2日は運良く時化が来なかったのだ。今は私が、ピュイアの代わりに空を飛んで船に状況を伝えている。それでも滞空能力は純粋なハーピーであるピュイアに及ばない。慣れない仕事で精度も低い。
ニンゲンの船員に訊かれたのだ。彼は悪くない。亜人の、魔法の正確な情報なんてニンゲン社会に入って来ないだろう。魔法は『何でもできる』と誤解されがちだ。
勿論船に船医は居る。ピュイアは右翼や肋骨など合計5ヶ所の骨折があった。内臓は運良く無事だったらしい。
私を。船の仲間でも無い私を、関係無い亜人狩りから助ける為に。あのまま逃げても私は一切責めないのに。
「少し波が高くなってきたわね。もう一度飛ぶわ」
「……ああ。無理すんなよ。アンタ魔法を使い過ぎるとぶっ倒れるんだろ」
「加減は自分で出来るわ。心配してくれてありがとう」
「……そんな正面向いて素直に感謝されると恥ずかしいぜ」
「そう?」
私は船員となら、ニンゲンの男性でも普通に会話ができるようになった。大きな進歩と言えるだろう。
……薄れている訳では、無いと思いたい。あの、忌まわしい記憶。思い出したくもないけれど。
私はいずれオスと『つがう』のだ。良い人と。いずれ。悪い男性ばかりではないことは、もう既に証明された。後は私の気持ちの問題だ。
「……あれは海魔の群れね。海棲レッサードラゴンの群れかしら。避けるか仕留めるか。……いや、魔力は温存しなきゃ。皆に伝えて進路を変更してもらいましょう」
海魔とはやり合わないに限る。こちらにメリットはひとつも無いからだ。ニンゲンは大地を制したけれど。広い広い海は、まだ魔物の領域だ。
◇◇◇
「治ったー! けど、着いたーっ!」
2週間後。港をひとつ経由して、到着した。ピュイアが翼を広げて元気よく叫ぶ。彼女もようやく、完全復活だ。
大陸ではない。巨大森より少し小さいくらいの島だった。船着き場から台地へ上がると草原が続いている。その向こうに小さな森と山がひとつ。街がいくつか見える。それだけの島。
けれど、ここへ辿り着ける者は居ない。
エルフの島。神秘の島。
「蜃気楼の魔法」
「その通り。誰にも見付からない。どの地図にも記されていない。冒険者ギルドとは最初から、魔法の使える亜人達とずっと深い関係だったんだぜ」
レンが得意気に語る。彼もアーテルフェイスだ。彼が妻子の居る、故郷と呼ぶ街で。孤児として商会に拾われたという経緯があるらしい。
血縁は無いけれど、私の親戚なのだ。
「付いて来いよエルル。『大長老』へ挨拶だ」
ルヴィが、私の手を取って歩き始めた。
島の名前は、『エデン』と言うらしい。




