第73話 既に最高峰の力を持つ凡人
誰にも見られないくらい上昇してから。船を探す。あそこだ。そちらに舵を切る。
「ピュイア、大丈夫? 助けに来てくれてありがとう」
「あはは……。逃げたと思ってた? そんなに薄情じゃないよ。ハーピー」
ピュイアと支え合いながら滑空する。彼女は右翼が折れている。私は魔力枯渇。落下しないようにするのがやっとだ。
正直、ふたりの『亜人狩り』はふたりとも格上の魔法使いだった。まともにやり合ったら絶対に勝てない。ひとり殺せたのはピュイアのお陰だ。私ひとりでは切り抜けられなかった。逃げることもできなかった筈。
「……凄いわね。男性のエルフ。鍛えた男性は皆あれくらいなのかしら」
「んー……。そうだね。ギルドにもオスの亜人は居るけど、大体あんな感じ。だからあたしは、ニンゲンより強いけど戦闘要員じゃないの」
痛感した。自惚れが無かったと言えば嘘になる。私は森で、その魔力量を褒められていた。魔法の扱いを褒められていた。これならオトコにだって負けない、などと。
彼女達はお世辞を言った訳では無い。本心で褒めてくれたのだ。けれど、皆が皆、外の世界を知らなかったというだけ。
彼の言った通り。私は、女性の中では魔力がある方なのだろう。それは森でも判明していた。私より魔力があるのは母くらいだ。
しかし、外の世界で。こと自然界で、弱肉強食の場に出て。……つまり、『ジェンダー男性』の世界に出て、そこで鎬を削り合っている『本物の男性』達の隣に立つと。
途端に、凡人と化す。私はやはり、どこまで行ってもメスなのだ。それが事実。現実。嘆いても変わらない。
しかし彼らでも。
あのシャラーラには及ばないのだ。シャラーラはメスのデーモンだ。ならばオスのデーモンは更に強いのだろうか?
あのレベルになるまで、私はどれだけ掛かるだろうか。他の人より、魔力侵蝕がある分魔法を多くは使えないというハンディキャップを背負いながら。
出力は異常だと評された。そこが活路かもしれないけれど。結局、あのまま戦っていれば先に私が力尽きる。魔法の持久力も無い。彼はまだピンピンしていて、私は今へろへろだ。
万全の状態で、この結果だ。次はどうなるか分からない。もし月経や生理的魔力侵蝕の時に『亜人狩り』に出くわしたら?
「…………凄かった」
「エルル?」
無意識に連呼していた。男性は凄い。大きくて、強い。もし『ああいうの』が、私の味方で。私の前に立って、守ってくれたら?
想像する。とても安心するだろう。あの安心感を、私がこの先発揮できるようになるとは、思えない。
ルフやルフェルの言う通り、やはり私は誰か男性を見付けるべきなのだろう。旅を続けたいのならば。
「エルル! ピュイア! 無事か!」
ふらふらと、甲板に到着した。そのまま倒れ伏す。もう何も動かない。ルヴィとレンの声がする。
「あたしは骨折だけ。エルルを診てあげて。魔法を使い過ぎてまた、侵蝕されてる。魔力も枯渇してるよ。多分結構やばい」
「お前も大怪我だよ! 野郎ども手伝え! 慎重にな! あーエルルには触んな! 今はお前らも侵蝕されるぞ! 侵蝕魔力が自然に散るまで待て。エルルはオレが運ぶ」
ルヴィが的確に指示を出す。そうだ。ピュイアが飛べないと、この船が危険なんだ。誰かが彼女の代わりをしなければならない。
「おい他の心配すんな。お前は自分だけ心配してろ!」
「…………ありがとう」
「……亜人狩りから逃げ切ったんだ。誇れよ。メスのエルフとしては既に、お前は最高峰の魔法使いだ」
「…………」
『メスとしては』。その枕詞は。
今の私には辛かった。
フルエート。
あなたの家族が、安全に解放されますように。あなたの死が、無駄にはなりませんように。
最後にそれだけ、心の中で唱えてから。
優しいルヴィの腕の中で、私は意識を手放した。




