第72話 差別せずに刃を振るう仕事
私には得意魔法がある。人それぞれ、あると思う。ルヴィは水の魔法。ピュイアは飛翔の魔法。
私は風と知覚の魔法だ。強引に空気の流れを作り出す。そして周囲の情報をいち早く得る。
どいてな警官さん。俺達の出番だ――
「そこっ!」
「うおっ!?」
ナイフは常に携行している。主にサバイバル用だけど。ファルの農場で収穫の際に役立った、風でナイフを操る魔法。
ひとつ、投げ付ける。当たらずに地面に刺さったけれど、もうひとりのエルフを牽制できた。
私を捕らえに来た男性のエルフは、ふたり。
「隙ありっ!」
「無いわ」
未だ空中を漂っていた無数のロープが、一斉に私に襲い掛かる。私はナイフを2本飛ばして、自分の周囲を出鱈目に斬り付ける。
「!」
ロープは全て切り落とした。あの長さになってはもう私を捕らえられない。
とっ。
一旦地面に降りる。周囲のニンゲン達がざわめく。捕物だ。野次馬も多いだろう。
「わっ」
石畳が移動する。地面からせり上がり、壁となって私の行く手を阻んだ。
壁の魔法。私がまだ修得していない魔法。
「閉じ込めろ!」
「!」
壁が四方から押し寄せる。私は再度空へ退避する。
「こんにちは」
するともうひとりが待ち構えていた。なるほど。狩りだ。とても原始的な。
「おりゃあ!」
「!? ぐあっ!」
ナイフを構えた瞬間、茶色い物体がさらなる高度から落ちてきて。エルフの男性の頭部に激突。
そのまま地面へ叩き付けられた。
「ピュイア!?」
「友達は助けるよ! 早く逃げよう!」
「……っ!」
ピュイアは相手を踏み台にしてまた飛び上がる。残る男性のエルフに威嚇をしながら。
私は飛び降りて、叩き付けられた男性に伸し掛かった。
「ぐぉっ!」
「どうしてこんなことをしているの? 私と同じエルフなのに」
「ぐ……。へっ。甘っちょろいな『殺人エルフ』。これは仕事だ。公私混同はしねえよ」
「…………!」
「俺達は『死にたくない』。あんたと同じだ。分かるか?」
「…………ニンゲンに脅されているのね」
「どうしようもねえのさ。地の果てまで追い詰めるぜ。俺達は別にラス港の警察じゃねえ。国際犯罪者専門の『亜人狩り』だ。今のうちに殺しときな」
「…………っ!」
地獄耳の魔法。今、ピュイアがもうひとりの亜人狩りに体当たりで吹き飛ばされた。その勢いのまま、あと数秒でここまで届く。
彼らに、死ぬまで追い掛けられる。それが国際犯罪者――冒険者。亜人同士の、命懸けの追い掛けっこ。
「俺が『仕事中』に死ねば家族は解放される契約だ」
「…………今日はあなたに祈りを捧げるわ」
「光栄だ」
笑っていた。
その表情のまま。
私は彼の喉を裂いて終わらせた。
「フルエート!」
激突。魔力を纏った全力の『男性のエルフ』が、石畳を割りながら突っ込んでくる。
彼の名はフルエートと言うのか。覚えておこう。
「……あぁあああ!」
「何っ!?」
魔力を全開放する。ニードの鉄剣を防いだあの魔力強化を。全身で。最大で。
妙な金属音に似た不協和音が響いた。彼と私はお互いに吹き飛んで、それぞれ建物に突っ込んだ。
ガラガラと崩れる音。恐らく彼も私と同じで傷は浅い。
「……くっそ。魔力量は大したことねえ! メスにしてはデケエってくらいだが……。出力が異常だ! 俺と同威力だと!?」
立ち上がる。私もすぐに起き上がる。
体勢を整えたピュイアが、私の隣に着地した。腕を痛めている。けど威嚇を止めない。
「…………くそ」
「どうして」
「あ!?」
彼も魔力を消費した筈。あの重さ。体格。ロープはもう無い。今空へ逃げれば追って来れないだろう。それを察した表情だ。
「どうして、同族を殺さないといけないのよ……!」
視界がぼやけた。私は涙を流しているのだ。気付かなかった。
ピュイアに肩を貸して、一緒に飛び上がる。やっぱり彼は追って来ない。
『殺せよ。向かってくる者は敵だ。エルフだニンゲンだと、差別するな。俺もしねえんだ』
「!」
私が耳で情報を得ていたことも看破されていた。彼は私にだけ聴こえるように、エルフの魔法の会話で最後にそう呟いてくれた。




