第71話 殺人エルフを狩る者達
「また近くに来ることがあれば寄るが良い。汝の旅の記憶も面白そうである。その端数も依頼の一部としようの」
私達はそのまま、館で一泊して。翌日の正午の『火花』を見てから、岬を離れた。
「――血は途絶えても、祈りは潰えず、であるの。ラスよ」
別れてから、ぽつりと溢した言葉を、私の耳が拾った。
恐らくピュイアには届いていない。
ラスというのはこの港町の名前だ。もしかしたら、シャラーラの古い友人の名から付けられていたりするのだろうか。
◇◇◇
「連れてきてくれてありがとうピュイア。私のやるべき方向性が定まったわ」
「あははー! 良かったじゃん! その『旅』さ。船も何度も使うでしょ? 是非アーテルフェイス商会とウチの船をご贔屓にー!」
「ふふ。そうね」
すっきりした。一本、芯が通ったみたいだ。探すべきデーモンについてもシャラーラから聞いた。
正直わくわくしている。
今は、現実の、実際の問題を考えたくないほどに。
「ちょっとすいません」
「?」
声を掛けられた。ああ、見た目で分かる。どの大陸も似たようなものだから。
警察だ。ニンゲンの男性がふたり。
「何かしら」
「すいません。ちょっとだけ時間良いですか? ちょっと確認したいことがありまして」
これだ。
恐らく誰かが私を見て通報したのだろう。オルスの殺人エルフだと。予想はしていたし、今まで気にしていなかった。
「あなた達の思う通り、いかにも私がエルル・アーテルフェイスよ。どうする? 逮捕するのかしら。魔封具をしていないエルフ相手に、ニンゲンのあなた達が?」
「……こいつっ!」
即座にピュイアが飛び上がり、空へ逃げる。それは追われない。そうだ。彼らの狙いは私だけ。
やはりフードは必要だっただろうか。いや、レンを疑う訳ではない。広義では彼だって犯罪者なのだ。その認識の差が出ただけ。
「意外とすぐ白状したな。どいてな警官さん。俺達の出番だ」
「!」
ふたりの警察官を押し退けて。
耳。
黒いコートに見を包んだ、大柄で茶髪をした『男性のエルフ』が。
「すぐ捕まえる」
「……っ!」
私に手を翳した。魔力が溢れ出る。拘束するつもりだ。その視界の先に、縄が過ぎった。ロープを操る魔法。ああいかにも警察向きの。
私も飛び上がる。飛翔の魔法。久々に使うけれど、鈍ってはいない。
「良いねえ! 楽しませてくれよっ!」
ドン。
物凄い音が鳴った。彼が地面を蹴ったのだ。石の床は砕け、粉塵が舞う。空中の私に、高速で追い付いてくる。
勢いが、エネルギーが違う。これが、『男性の魔法使い』。
「うっ!」
「はっはぁ!」
なんとか突撃を躱す。服の一部が掠ってしまった私は体勢を崩す。とにかく離れなければならない。風を全開に吹かせる。
「…………!」
ちらり、視界に船。
もう出港したらしい。それで良い。私は飛んで、後から合流する。次の行き先と航路は頭に入っている。
この男性を、どうにかしてから。
「景気良いなあ! 女とは思えねえ魔力量だ!」
見るとロープはいたるところで空中に漂っていた。近付けば四方八方から襲い来るだろう。力強く精密。魔法の練度では私に分は無い。
「…………ニンゲンに味方するエルフ……!」
彼は私を捕らえようとしている。ニンゲンの法律に従って。それで給料を得て、ニンゲンの国で生活しているのだろう。
なるほど、亜人の犯罪者を捉えるには亜人を起用するのが近道だ。それをすることで彼らは、ニンゲンの社会で相応の地位と賃金を貰えているのだろう。
彼らが決めたことだ。私が否定できることでは無い。今はいかにして、ここを切り抜けるか。
生理的魔力侵蝕が治まった直後。私の体調は万全だ。