第70話 時空を超える歯車
各地に神話が残っている。
『原初の種族』が、天から大地に降り立って。この大地に根付き。交雑を続けて、徐々に今の各種族へ分かれていったと。
その、『原初の一団』に。
彼女達デーモンも居たのだろう。
「汝は何故旅をする?」
「好奇心と探求心よ。世界を見て回りたい。人には色んな考えと立場がある。世界には私の知らないことで溢れている。それにひとつひとつ触れる度、私は高揚する。それが楽しくて、続けていきたいの」
「特定の目的は無いのか」
「……そうね。今は、冒険者ギルドの本部へ行くこと。それと、私の出自を調べること。……もうすぐ達成されそうね。その後のことはまだ考えていないわ。宛てもないけど、好きに世界を見て回るつもり」
エルフの姫として生まれて。その責務があるのなら。またそこで考えなくてはならない。けれど、自由はある筈なのだ。祖母がそうだったから。
ああ。
別れが急だったルフと、もう一度会いたいとも思っている。ヒューイの死についても詳しく知りたい。墓があるなら参りたい。
「世界を全て見た後は? エルフの長命ならいずれ達成されるであろう」
「…………」
世界は広い。とても数年数十年では見て回れない。百年二百年の時間が必要だ。
寿命が100年以下のニンゲンとのハーフである私は、あと何年生きるかも分からない。そもそも12年生きたハーフの前例が無い。私は私が考えるより、時間が無いのかもしれない。
だからといって、焦りたいとは思わないけれど。
「……まだ、あるわ。この大地を歩き尽くしても。空がある」
「ほう」
宇宙は広い……どころではない。このシャラーラでさえ。たとえ1万年や1億年でも、回り切ることは不可能だろう。けれど。
行ける所までは行きたい。そう思っている。
「いずれ宇宙へ。……一度、お手付きをしてしまって痛い目を見たけれど。いずれ、暗黒魔力も克服して、私は空を目指したい。……どれだけ先になるかは分からないけれど。目標と言うなら、そこかしら」
「ふむ。良いな。汝の目。思い出すわい」
「?」
「今の文明では、宇宙へ辿り着くには後300年と言ったところかの。ふむ」
シャラーラは私に質問している間、ずっと何かを考えているようだった。その審査を、私が通過したらしい。
にやりと不敵に笑った。
「久々に依頼しよう。冒険者エルルよ。やつがれの同族、残るふたりを見付け出して欲しい」
「!」
私はまだ冒険者ではない。けれど恐らく、関係無い。冒険者とは登録してなるものではなくて。
その生き様なのだ。彼女の薄紅色の目がそう語っていた。私のことを聞いて。そう判断したのだ。
私はとっくに、冒険者だと。
「……期間と報酬は?」
もう分かっていた。けれど形式上、一応訊かねばならない。シャラーラはさらに口角を上げて真っ白な歯を剥き出しにした。
「期間は今のニンゲン文明が宇宙航行を可能にするまでのおおよそ300年! 報酬は『宇宙航行の知恵と技術』! ……汝は汝の旅を続け、世界中をくまなく歩き、やつがれの同胞を見付けたら、ここに戻って来るのだ」
「……!」
やはり。知っているのだ。暗黒魔力の克服方法と、空気の無い世界での活動方法を。滅んだ文明にはあったのだ。
天から降り立ったのだ。つまりそれは。
「……あなた達は。1万年前に、別の惑星から……」
「わっはっは。そんな噂を流す奴が今の時代にも居るということこそ。残るふたりのデーモンがまだ生きているという証拠になろうの。生き残りの『元宇宙飛行士』5人のデーモン総出で知恵を貸し、汝の『宇宙旅行』の助けをしよう。良いか?」
いつになるか分からない。
けれどバチリと、何か歯車が噛み合った音が、頭の中で鳴った。
「ええ。受けるわ。その依頼。私は300年でこの世界を踏破する」
目的が明らかになった。この日。
私は自分で勝手に、冒険者となった。