第68話 自由を掲げる者達の象徴
館の内装は綺麗に掃除が行き届いていた。全体的に赤い。絨毯に壁の模様。ランプの明かり。
人の気配が無い。この館には、住人はひとりなのだ。
「この辺りは春でもまだ少し寒くての。談話室で話そう」
案内された一室。ふわふわの絨毯にもこもこのソファ。テーブルのクロスまでふわふわしている。
「〈カロル〉」
「!」
彼女がパチンと指を鳴らした。すると、部屋の空気が暖まる。温風ではない。空気そのものを暖める魔法?
「さて、座れ。話そう。久し振りの客である」
「…………」
「はーい」
テーブルを挟んで私達は座った。彼女は私達の前で胸に手を当てた。
「私はシャラーラ。『火の花』シャラーラである。種族はデーモン。年齢は1万飛んで24である」
「……エルルよ。ただのエルフ。12歳」
デーモン。
魔力と魔法に愛された種族。幻の種族。確認された例が極端に少ない伝説の種族。勿論国も持たず、社会に存在しない。最も謎に満ちた種族。
「12か。よく来たの。エルル・アーテルフェイス」
にこりと私に笑い掛けた。エルフでも、1万を超えて生きる者は居ない。超高年齢はデーモンの特権だ。歴史の生き証人。
私のことも、知ってるか。
「私はオルス巨大森で、エルル・エーデルワイスとして育ったわ。まだその、アーテルフェイスが何か知らないの。商会と同じ名前なのも気になっているけれど」
「……ふむ。レンから説明は無かったようだの」
「…………訊くタイミングを逃してしまっているわ」
彼女は何者なのだろう。どうしてここに居るのだろう。
知りたい。
「アーテルフェイスとは、やつがれの古い友人の名である。それが滅ぶ時に受け取り、時が経ち、またとあるエルフの一族に譲渡した。連綿と受け継がれてきた、名前であるの」
「……譲渡」
「奴らが目指したのは『自由』。それを掲げるならと、冒険者ギルドへの支援も始めたのだ。まあ、アーテルフェイスの祖はそんなもの煩わしいと一蹴するであろうが。誰も彼もが奴のように強くは無い。やつがれは納得しておるよ。『冒険者』」
デーモンが古いと言うと、どれくらい古いのだろう。エルフの名前はもう数千年受け継がれてきた。その頃からの話なのだろうか。
「私の母はオルスの生まれよ」
「であろうの。エルフィナの父親がエーデルワイスである。その妻。汝の祖母が、アーテルフェイスの出なのだ。汝は今、自分の祖母の故郷へ還ろうとしているのだ」
「…………祖母。私が生まれる前に強姦殺人で亡くなったと聞いたわ」
「オルス政府の『統治』であるな。勿論やつがれの耳にも入っている」
冒険者ギルドへ支援しているのが古いエルフ一族であるアーテルフェイス家。私はそこの血を引いていると。
では本部に居るのは、私の親戚になるのか。
「……今の時代。アーテルフェイスより古いエルフは居らぬ。分かるか? 汝はオルスというちっぽけな森の姫ではない」
「…………!」
何故、ヒューイは私に会いに来たのか。何故、ルフは私に固執したのか。何故、ギルドは私に便宜を図ってくれるのか。
ルヴィが私のことを知っていた。ルフェルが私を、姫様と呼んだ。あれは、本当に。
「汝はな。エルル。……エルフという種族全てを含んで、姫なのだ。一時は途絶えたと思っていた。フェルナが自由を求めてオルスに辿り着き、そこで不幸にもエルフィナと共に娼婦に落とされたからだ。だが、汝は生まれてきてくれた。冒険者ギルドのシンボルとして、『エルフの姫』が必要なのだ」
フェルナは私の祖母の名だ。そうか。
祖母は、私の前の『エルフの姫』だったのだったのだ。
恐らくは、約270年前に。