第66話 すれ違いが助長する分断
それから、5日経った。私は体調を取り戻して、また甲板で潮風を浴びていた。
「……なにその耳。キッショ」
廊下でニンゲンとすれ違った時、そんな声が聴こえた。振り返るとスタスタと逃げるように去っていった。ニンゲンの女性だ。
恐らくはルーキーだ。自由と多様性を標榜する冒険者は、エルフへの差別はしない筈。ユーマンが良い手本だ。だからあれはルーキーなのだ。
「今回は結構安全に航海できたな」
「ルヴィ」
「もう良いのか?」
「ええ。お陰さまで」
この船の亜人はピュイア、ルヴィ、ルフェルだけだ。男性の亜人は居なかった。
30人くらい商会員が居るけれど、その1/10だ。やはり少ない。
「『海魔』が出なかったろ? いつも大体、西大海を渡る航路の時は1〜2回くらい出くわすんだ」
「……海の魔物ね。まだ見たこと無いわ」
「シーサーペントにクラーケン。一応、オレ達総出で当たるんだ。流石にな。魔法も役に立つ」
「…………」
「おい、ちょっとワクワクしてるだろ」
「……分かる?」
「お前実はわんぱくだろ。エルル」
確かに、船自体は何の危険も無くやってきた。海魔も海賊も来なかった。こんな穏やかな航海は珍しいらしいのだ。
そう、話している間に。
「見えてきたぞ。火花の港だ」
「火花?」
「俗称さ。あそこ、見とけ。もうすぐ正午だ」
「……?」
陸が見えた。ユダスのような港町だ。岬に、崖がある。そこをルヴィが指差した。
すると、岬が赤く光ったのだ。まだ遠いから何がかは分からないけれど。それでも強く光って。その光は、花弁が開くように広がって。
火のようにゆらりと消えた。
「……あれは何?」
「行ってみりゃ分かる。名物の火花だよ」
◇◇◇
火花の港――は俗称だ。本当の名前は、港町ラス。ラス港とも。冒険者ギルド本部からの経由地のひとつ。ここはまだキャスタリア大陸だ。国の名前はイレンツ。
「ここでの滞在は2日。また何人かルーキーを乗せる。それと諸々の補給も兼ねてる。この町を出ないならフードは要らないぜ。好きに散策してきなよ」
レンからの説明だ。
「フード?」
「ニンゲンから攻撃されない為の予防だよ。この町は冒険者に寛容でね。俺達のことを知っている者も居る」
「……ああ。耳を隠すのね。覚えておくわ」
そうか。エルフであることを隠した方が良い場所もある。考えてみれば当然か。どこかで入手しておかないといけない。
私の所持金は多くない。早い所、仕事を見付けなくてはいけない。
「エルル! 一緒に行こう! 火花岬!」
「ええ。私も気になっているの」
タラップを待たずにふわりと降りた私に、ピュイアから声が掛かった。既に火花の秘密を知っている筈の彼女が付いてきてくれるらしい。ありがたいことだ。
「ルヴィは?」
「お酒買い込むって」
「ルフェルは?」
「ぐっすり。今朝までヤッてたからねえ」
「……そう」
少し、気になっている。私が船で話すのは彼女達とレンくらいなのだ。
亜人が亜人同士で固まっている。仕方のないことだとは思うけれど、私はもう少し、ニンゲンの知り合いも増やしたい。
どうすれば良いかは分からない。だってすれ違うだけで、嫌味を言われるのだもの。
「先に食事にしても良いわね」
「じゃあ案内するよー! 美味しいお店知ってるから!」
「ならお願いするわ」
亜人達で固まっていると、周りのニンゲンからしても話しかけづらいのではないだろうか。それが、さらに分断を助長していないだろうか。
けれど私や彼女達が悪い訳でもない。今は単純に、ピュイアと楽しく食事をしようと思う。