第65話 私だけの旅を続ける為に
これは、私の旅だ。私だけの。
念願の旅。ずっとしたいと思っていた旅。世界を巡り、世界を見て、世界を知る旅。
けれど世界は。私を拒むらしい。
『安全に旅を続けたければ誰か男を連れて来い』と。
「…………」
体調不良。予定より少し早めに来た。まだ私は、心身のバランスが上手く取れていないらしい。
全身が重い。頭痛もする。いつものように、頭に冷風、お腹に温風を魔法で作り、循環させながら、一日中ベッドの上。
今私が死んでいないのは、船に守られているから。私が襲われないのは、船に居る皆が見逃してくれているから。
悔しい。どうして女性は、必ず無防備にならなければならないのか。生理症状の時と、妊娠期間と、出産時と。
「ウラヌスの葉です。少し楽になりますよ」
「…………」
いつの間にか。ルフェルの声がした。ドアの音は聴こえなかった。あの会話の後、私は倒れてしまったのだ。情けない。
しばらくすると、ほんのり甘い花の香りが漂ってきた。これ、葉なのか。花のようだ。
「実はもうひとりの船内娼婦のニンゲンの子も重い方で。毎回これを焚いています。……私はそろそろ仕事に行きますね。魔力侵蝕との併発とのことですが、何かして欲しいことはありますか?」
「………………だい、じょうぶよ。ありがとう」
「そうですか。では失礼します。リネンはここに置いていますので、使ってくださいね」
確かに少し、楽になった気がする。本当に効果があるのかは分からないけれど、ルフェルが私の為にやってくれたのだ。効果が無ければ嘘だ。
私の温風は、部屋中を循環している。この部屋だけ、少し暑いくらいに。
ピュイアとルヴィは、気を遣ってそっとしておいてくれている。ふたりは純血の亜人だから、メスでも生理は無い。ニンゲンの生理の知識を身近で知っているのは、ニンゲンと一緒に船内娼婦をしているルフェルだけなのだ。恐らくその子が生理の時に、それとなく男性陣に説明していたりもするのだろう。ルフェル本人に生理は無いから。
何故亜人には生理……月経が無いのか。恐らく、ニンゲンと比べて、今日までの種族の成り立ちと、進歩した経緯が違うからだと、フーエール先生は言っていた。
月経がある動物は少ない。亜人はこの理由だ。自然界では、血を流すことは天敵に位置を知られるということ。それを防ぐために、月経の無い進歩を遂げたという説。
ニンゲンは、登場から早い段階で『国』という安全圏を確立して、数を爆発的に増やした。だから安心して血を流すことができる。月経がある理由は確実に分かっている訳ではないけれど、やはり効率的な繁殖の為なのだろうという仮説がある。
「…………要らない……でしょ」
苦しい。私はそう思う。どうしてこんなに苦しまなければならないの。亜人が。他の動物が。無いなら。
ニンゲンにも、無くて問題は無い筈じゃないだろうか。
「…………まあ結局、月経が無くとも私は魔力侵蝕で定期的にこうなるんだけど……」
納得できない。これも、探そう。旅をして、知りたい。答えはどこかにある筈だ。
なんだか、心まで弱ってくる。私はエルフとニンゲンの、悪い所ばかりを取って生まれてきたのかもしれない……なんて。