第64話 強い女性からの優しい提案
論理は理解できる。けれどこれは、ルフェル個人の価値観だということを言っておかねばならない。私が同じ立場なら、同じことを思えないからだ。
「私は、『女性が弱い』とか。『社会的立場が低い』とか。そんなことを言う人達が嫌いです。何故なら、そうでないからです」
ルフと、同じ雰囲気を感じた。このルフェルから。
「この仕事は、いつ死んでもおかしくないです。嵐や魔物、海賊の脅威があるからです」
「……そうね」
「そして、それら危険を退ける力と知恵と経験が、この船の男性達にあります」
「ええ」
「その強い男達に、守ってもらうこと。それが、私の強さです」
「!」
男女の違い。女性としての強さ。ルフの言葉が蘇る。
「例えば。彼らがどちらかしか守れない状況になった時。あなたと私、どちらを選びますか?」
「…………」
「私です。何故なら、私は船の殆どの男性と寝ているから。勿論あなたはお客様なので、普段は当然守る対象です。けれど男性は、緊急時は『自分の女』を優先します。『そういう男性』を、私は普段から『確保』しているのです。何の為に? 私が生き残る為に」
この、ルフェルは。
強い。
「強い弱いはどうでも良いんです。死ぬか生きるかです。生存した者勝ちなんです。私は死にたくない。そして事実、今まで生き残っています。生存力を上げる為に、『男性を魅了して使役する』。これが、女性の。ニンゲンにも使えるけれど、女性にしか使えない。最も原始的でシンプルで、本能に基づいた『女の魔法』です。どんな魔法よりずっと強力ですよ」
胸を張って答えるルフェル。自分が弱い……女性が弱いなどとは露ほども全く思っていない表情だ。完全に、自分が『強い側』だと信じて疑っていない表情。
「……不貞だ、不潔だ、性的搾取だと。言われますよ。陸に上がれば。失礼な人達です。良いですか? 男性から精と心を搾取しているのは私の方です。私が主体です。モテないからと言って私に嫉妬するのはやめて欲しいですね。そんなことしている暇があるならもっと自分の魅力を磨いて男に振り向いて貰えるように努力したら良い。守ってくれる男性が居ないのならいつ殺されるか分からないし、全ての女性にはその可能性があるのですから」
「…………!」
あの時。私は。
彼を魅了させて、使役できるようにしていれば良かったのだろうか。それがあの時の答えだったのだろうか。
……無理だ。私には。ああそれに、娼婦と違って金銭は発生していない。今のルフェルと、あの時の私は。どちらも、間違ってはいない筈だ。
「その上で。エルルさん」
「……?」
会話は、もう私の番になっていた。一通り語って、ルフェルの表情は満足げになる。
「話は聞きましたよ。世界を回って、見聞を広めたいと」
「ええ。そのつもりよ」
「なら尚更。……いや。ユーマン支部長やレンさんは優しすぎて言わなかったのですね」
「えっ?」
にこりと。笑い掛けてくれた。
「エルルさん。あなたはあなたが旅を安全に続ける為に。早く『信頼できる強い男性』を見付けるべきなんですよ」
「!」
対照的に。私の表情は焦燥に支配された。
その言葉で。優しい、思いやりのある、現実的かつ合理的な『提案』をされて。
「だって、女性ひとりだとすぐ死んじゃいますよ。世界はそこまで女性に優しくありません。しかもエルルさん、生理が重い方なんですよね? 尚更、です」
今まで無理矢理考えないようにしてきたことを、言葉にされて。