第62話 合理的で必要な授業
食後、私は自室で休むことにした。
体調不良。
皆に迷惑を掛けている自覚がある。とても情けない。早く、強くならねばならない。これに加えて、1週間後には生理的魔力侵蝕がやってくる。私の心身は乱れている。
けれど、歩みを止めたくない。ここが私の正念場だ。
ルフェルは、ただ今絶賛、仕事中だと言う。終わったら少し休憩してから、ルヴィがこの部屋に連れてきてくれることになった。
私も少し休もう。
……もしかしたら、私の状態など関係無く、例えば今、海賊に襲われたり、私も手伝わねばならないほどの嵐がやってきたりすることだってあるだろう。そういう時。私は体調不良を理由に休んで良いのだろうか。船が危険なだけでなく、私まで命を落とすことになりかねない。
こんなことでこの先、ひとりで冒険者などやっていけるのだろうか。
不安だ。
◇◇◇
「こんにちは……」
「!」
いつの間にか眠ってしまっていた。ノックの音とか細い声、そして魔力の流れを感じて起き上がる。
気分は悪くない。今のところは体調に問題ない。
「どうぞ」
入ってきたのは、私と背格好の似た少女のエルフだった。空色の髪を三つ編みにして提げた、肌の白いエルフ。線は細く、しかし私より胸はある。気怠そうな半開きの目。
布面積の少ない踊り子のようなビキニの上から、商会のデザインがなされたマントで身体を覆っていた。
「いきなり呼び付けてごめんなさい。私はエルル。巨大森出身のエルフよ」
「ルフェルです。……ルヴィちゃんから聞いてます。あなたがエルフの姫で、『エルフェミ』でないことも」
「!」
椅子を用意して、掛けてもらう。
「森から出て日が浅いから、他のエルフと話をしたい。……という建前も、察しました」
「!」
ほんのりと、敵意。一応の同族意識と、欠片の疑心。
私はこの人の礼を失したと今更気付いて恥じた。
気付けば頭を下げていた。
「……姫様?」
「ごめんなさい。私の無知と無礼を心から謝罪するわ。私は無意識に、森のフェミニストに脳内を侵されていた」
「…………」
それでも。
彼女はここへ訪ねてきてくれた。勿論同じ商会メンバーであるルヴィへの義理もあるだろうけど。
私を、森出身の。エルフェミの巣窟出身の姫と知ってなお。
「頭を上げてください。喋りにくいです」
「…………ええ」
「……ふーん。なんだかんだ、あなたも拗らせてますね」
「!」
私の誠心誠意が通じたのか、ルフェルは少しだけ口元を弛めてくれた。
「姫様の境遇は知ってますよ。私も同情します。そして、そんな境遇なのに割りとまともになろうとしているのが窺えます。多分私達、友人になれますよ」
「……ルフェル」
私の意図と質問は、既に伝わっている。状況証拠から当然伝わるだろう。それは、彼女が行っていることがニンゲンの一般社会と違っていることを、彼女自身が自覚していることの証左でもある。
私の我儘な好奇心に、時間を取って貰ったのだ。
心して、聞かねばならない。
「さて。如何にも、私はこの船の『船内娼婦』です。その役割は、船乗り達の慰安。彼らが常に最高のパフォーマンスを発揮できるように、彼らの心身を調整するのが私の主な仕事です。……私の考えは置いておいて、まずは船内娼婦という役割の合理的必要性から説明しますね」
「ええ。お願いするわ」
私を慕う者ではない者からの、ただの厚意による授業。
一言一句、逃さない。