第61話 乗り越えるべき観念
ルヴィがレストランで頼んだのは、私達と同じ、豚肉のシチューだった。私はまた、ピュイアのオススメに合わせたのだけれど。
「……レンが、エルフ用の自然食があると言っていたのだけど。どういう意味か分かるかしら」
「ん? ああ、ルフェルのことか。あいつは草原のエルフだからな。自然信仰って言われてるが、あいつら自身はその考え方に名前は付けてねえ。食うものを制限して、毎日決まった時間に祈りを捧げてる。ニンゲンどもは森のエルフと草原のエルフの見分けが付かねえから、一緒くたにされることがあるぜ。気を付けな」
「……なるほど」
草原のエルフ。ルフェルという人が居るのか。レンはニンゲンだから見分けが付かずに、私に最初に配慮して訊いてくれたのか。
いや、私がエルフの姫、つまり森のエルフであることは知っていた筈。……ああ、どのエルフが自然信仰なのか分からないのか。私も知らなかったから仕方無い。見た目で分かりやすい砂漠のエルフ以外は、全部同じに見えるだろう。違うのだと分かっていても、判別付かないのだから保険として一応質問はしなければならない訳だ。
魔力の無いニンゲンも、大変だと思う。
「アーテルフェイスに雇われた亜人は基本的に商人なんだがな。ピュイアは馬鹿だから船員の手伝いを好きでやってるってだけなんだよ。オレは空も自由に飛べねえし、ただの在庫管理担当だ。まあ魔法使いは用心棒も兼任みたいなモンだけどな。さっきみたいな揉め事があったらオレ達の出番だ」
「馬鹿だけど、役に立つと嬉しいからやってるよ!」
「良い子だな〜。ピュイアは」
同じニンゲンでも、さっきの女性とレンとでも随分と考えが違う。同じ種族でそうなのだから、種族が違えばもっと違っておかしくない。
エルフにも沢山種類がある。私はまだ、何も知らない愚者のまま。今、知っていっている最中だ。
楽しい。
「そもそも、日々命懸けの船員達を癒やす『船内娼婦』はルフェルの役割なんだよ。だからあのオバサンの主張はそもそもお門違いなんだわ。普通に考えて、甲板で朝っぱらからエロいことする訳ねえだろ」
「!」
娼婦。
ドキリとした。その単語で。母のことが脳に過ぎる。母の感情が。悲しみと苦しみが。まるで自分が経験したことかのように蘇る。
「う……!」
「え、おいどうした? エルル?」
「エルル!?」
口に含んでいたものが。美味しいシチューから。味のない謎の物体に変わる。
……待て。抑えろ。収まれ。別に変なことは言っていないだろう。私の心を抉るつもりなど、この優しい魔力をしたルヴィにある訳無い。落ち着け。
「……大丈夫。ごめんなさい。少しえずいてしまっただけ」
「………………オレか」
「ちがっ……。うっ。……違うわ。待って。あなたは悪くないわ」
ルヴィの眉がくねった。申し訳の無い表情になってしまった。私のせいだ。
「……悪い。そうかしまった。お前、姫ってことは『女王』の娘だもんな」
「待って。謝らないで……」
嫌だ。
気を遣われることは多い。それ自体否定はしないけれど。これは、嫌だ。母のことで。私の出生のことで気を遣われるのは、違う。
外の世界に出れば。避けては通れないのだから。私が、乗り越えるべきなのに。身体が、反応してしまうのだ。
嫌だ。
「はぁ……。はぁ……っ。ごめんなさい」
「エルル! 水!」
「……ありがとうピュイア。ねえルヴィ」
「な、なんだ……?」
母からしか、聞いていないから。私の中でそれが、固定観念になってしまっているのだ。
疑え。
この船は。信用できる筈だ。
「その、ルフェル……と。話をしてみたいのだけど」




