第60話 馬鹿ばかりの自由な船
「あー……。そうか。たまに居るんだよ。現代のニンゲン社会が『男尊女卑』だとして、女性の権利に自由と多様性を求めて冒険者になりたがる人達が。多くは勘違いだな。自由ってのは、そういうことじゃない。ピュイアを見たら分かるだろう。あれが自由で、認めるべき多様性だ。俺達も困ってるレベルのね」
「あははー!」
私達はそれから、レンに報告しに行った。ピュイアと、船員の男性と、金髪のエルフと。
「で、そのニンゲンの女性は?」
「知らねえよ。ふらふらと部屋に戻っていったぜ。酷え言い掛かりの名誉毀損だった」
「そうか。まあ、自由な冒険者というものが思っていたのと違うのなら、次の港ででも降りてもらおうか。それも自由だ。次に騒ぎを起こせば拘束しなければならないと、俺から伝えておくよ。報告ありがとう」
一応、大体は乾かしてあげたけれど。不憫にも思える。
あれは、勘違いでもあるけれど。価値観の違いだ。文化圏の違いで、信じるものの違いだ。
……ニンゲンの、フェミニスト。エルフ以外にも当然居る……どころか。ニンゲンが発祥の考え、か。フェミニズムは。
◇◇◇
それから、その流れで一緒に朝食を摂ることになった。ピュイアと、金髪のエルフと3人で。船員さんは遠慮したのか、疲れを癒やすと言って自室に戻っていった。
「ったく、良い迷惑だよな〜?」
「……でも、仕方無い部分もあると思うわ。多様な人種が集まる冒険者ギルドなら。ああいう、文化間の衝突は避けられない場面は少なくない筈」
「ふ〜ん。お優しいなあ。森のエルフは」
「えっと、あなたは」
綺麗な髪だ。目付きは鋭い。けれどピュイアに似て、自信家であることが窺えるような表情。私より膨らんだ胸。きめ細やかな、褐色の肌。
「オレはルヴィ。レドアン大陸出身だ。森じゃねえ、砂漠のエルフは初めてか?」
「……ええ。私はエルル。……砂漠にも、エルフは居るのね」
レドアン大陸。フーエール先生が言っていた、亜人病院がある大陸だ。私の頭の中の、いずれ行きたいリストに入っている。
「怖くねえのか? こんな黒い肌で」
「どうして? あなたからは優しい魔力しか感じないわ。あの冷や水の魔法は少しやり過ぎだと思ったけれど、私を助けてくれたのよね。ありがとうルヴィ」
「……かーっ。おぼこいエルフだこと」
私がそう答えると、ルヴィは頭をガリガリと掻いて、テーブルに着いた。
「あのババアに仲間扱いされてたろ。理由分かるか?」
「…………エルフはフェミニスト、という先入観かしら」
「その通りだ。なんだそれは知ってんのか」
「私、巨大森から来たのよ」
「は? なんだそりゃ。……え、したらお前、『エルフの姫』か?」
「…………そうね。そう呼ばれることはあるわ」
ババア、という悪口は良くないと思う。それが彼女ルヴィの性格なのだろう。それより気になる悪口がある。
「……『ケンリザル』というのは知らないわ。けど、良い意味では無さそうね」
「あー。ニンゲンのことだ。あいつらだってオレらのこと、『ヒトモドキ』とか魔物畜生とか呼ぶだろ。あいつら、権利だ権利だってうるせえからな。まあ馬鹿にした言い方だ」
「…………そう」
私は二度と口にはしないだろう。相手を悪く言うことをすれば、対話の道は閉ざされる。お互いに理解し合う為には、ただ単に相手の気分を損ねる為だけの発言をすることはありえない。私はあの女性とだって、分かり合って仲良くなりたいのだ。
「まあメシ食おうぜ。……ピュイア、いつまで自分のチチ揉んでやがる」
「あははー! ちょっと気持ち良くなっちゃった!」
「これだ。馬鹿ばっかだよウチの船は。ニンゲン様に同情すらあ」
遡れば、オルスで出会った人達や、エソンでのニード達とも。可能であるなら。彼らの考えを。人生を、世界を知りたかった。




