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エルフの姫  作者: 弓チョコ
第3章:信念を持つ強い者達
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第59話 安全業務上必須なケア

「お……っ」


 ズンズンと。歩み寄ってくる。今、この場を支配しているのは彼女だ。

 金髪ボブカットの、褐色エルフ。


「どいてな」

「!」


 咄嗟に言葉が出なかった。私だけじゃない。ニンゲンの女性もだ。いきなり冷や水を浴びせられたのだ。水を滴らせながら唖然としている。


「ちょ……何すんのよ! 濡れちゃったじゃない!」


 けれどしばらくして、その目に激怒が宿る。


「どうしてくれるのよ!! 髪もセット

し直しじゃないの! アンタこの……エルフ!? 違うでしょ!? やるならこのクソオス共に……っ!?」


 バシャン。

 再度、冷や水の魔法。頭から思いっきり。


「ぶはっ!? ちょっと! 何を……っ!」


 バシャン。


「う……っ!」


 バシャン。


「ちょ、流石に……」

「まあ待て。こんくらいしねえと黙らねえんだよ『こいつら』は」

「え……っ」


 甲板はもう水浸しになっていた。船員達も解散しており、ピュイアともうひとりがこの場の行く末を見守るのみだった。


「………………っ」


 ビショビショになった女性は、その場で座り込み、放心していた。その目に怒りはもう見えない。ふらりと、こちらを見る。


「話を聞けるくらい頭は冷えたか?」

「…………え」

「ほらアンタ」

「えっ」


 背中を押される。私は彼女の意図を理解して、女性の前まで進んだ。


「あの」

「…………」


 こんな状態で話などできるのだろうか。私は風の魔法を温風にして彼女に吹き掛けた。このままでは風邪を引いてしまう。


「……あの。ハーピーの彼女……ピュイアは筋肉を触ることと、触られることも好きなんです。ハーピーの女性の胸にあるのは脂肪ではなく筋肉で、彼らの『触れ合い』は昨晩の作業の慰労でした。なので性的や差別がどうのとか、そういう話ではないのです」

「………………」


 きちんと聞いているだろうか。ぼうっと私を見ている。


「…………でも」


 そして、口を半開きにして。控えめに抵抗した。


「あー。そういうことか。ちょっと待った。俺達の話も聞いてくれ」

「!」


 そこで、船員の男性がやってきた。ピュイアと共に。


「筋肉が好き? 慰労? そりゃピュイアが言ったのか」

「……ええ。昨日そう聞いたわ」

「はぁ……。あのなあ」


 答える。男性は深く溜め息を吐いてピュイアの肩をぽんと叩いた。


「ピュイアは操舵には参加しない。だが、見張りとして、特に時化の時も船と波の状態を俯瞰で見て俺達に伝える任務がある。それこそ一晩中嵐の夜を飛び回ってるんだ。正に昨晩な」

「……そう」

「あんたらが知ってるか分からんが、ハーピーってのは翼があって風魔法が使えるからといって、無限に飛べる訳でもないし、その疲労がすぐ快復する訳じゃない。分かるか?」

「…………」


 ピュイアは、男性に寄り掛かる。信頼の証だ。羽毛に包まれた手で、自身の胸を揉み始めた。


「好き嫌いでも、まして痴漢なんてなあ、お前……。これは()()()()()()()()だ。業務上ってか、航海の安全上()()()()()()()()()()()んだ。ハーピーの……。ピュイアの胸筋はお前さんらを含めた俺達全員の命が懸かってんだよ」

「…………!」


 その台詞で。野次馬を含めた全員の視線がピュイア――の、胸に集まった。

 受けてピュイアは。


「ん? あたしのオッパイが……命? は?」


 むにむにと自身の胸を揉みながら首を傾げた。


「――ったく。もうちょっと自覚しろお前は。何が筋肉好き、だ馬鹿野郎。このエルフさん勘違いしちまってんぞ」

「あははー! あたし馬鹿だから。ごめんエルル! でも筋肉好きなのは本当だぞー!」

「…………そう」


 一気に、力が抜けた。

 私も、このピュイアに振り回されてしまった。

 全く、もう。

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