第58話 会話が不可能な朝
その場に居たのは、船員が数人と、傍らにピュイア。そして冒険者であろう客の、ニンゲンの女性。
その、ニンゲンの女性が叫んだと思われる。
「なっ……ななっ! なにしてるのよ!!」
女性。黒い短髪だ。年齢は20〜30代程度だろうか。革製のマントで身を包んでいる。
指を差す先。
船員達と、ピュイアだ。
「…………おー?」
ピュイアはぽかんとして首を傾げた。
私には分かった。この女性が、悲鳴を上げた理由が。
私の他にも。どうしたどうしたと、他の冒険者も甲板へやってきていた。
「こっ! この人達! 今! このハーピーの子のむ、胸を! 揉んだわっ! 痴漢!」
そういうことだ。私が昨日、納得したこと。けれどこの女性は今初めて見て、驚いたのだ。声は大きいが、私と同じように。
「ち、カン? ってなんだ?」
「まっ!? 知らないの!? どんな教育を受けてるの!? あなた達! こんな若い女性に好き放題性的虐待を、日常的にやっているの!? 冒険者なのに!!」
痴漢……。ルフが教えてくれたことだ。確か、親しくもない女性の身体を無許可で触る行為をする男性のことだ。
「女性の人権侵害よぉ!! 警察を呼んで! こんな気持ち悪い船に乗っていたなんて!」
叫ぶ女性。
首を傾げたままのピュイア。
同じく、船員達。
「あの」
「!?」
つい、話し掛けてしまった。教えてあげれば納得するだろう。私も驚いたもの。
「彼らは彼らの文化があって、お互いに納得して、恐らく昨晩の時化での操舵に関して慰労を、ピュイアが行っていたのよ。なので特に問題は」
「あなたエルフねっ! あなたからも言ってやってよ! この船おかしいわ! 若い女性を食いものにする男根主義の性差別集団よ!!」
「…………? 話を聞いてくれる?」
「声を上げなきゃっ! ほら、エルフとして! 告発しなきゃ! 差別反対!」
「…………ちょっと、大丈夫? あなた興奮しすぎてない?」
「責任者を呼んで! こんなの許されないわ! 商会は全員強姦魔よ!!」
「…………話を」
声が大きい。私の言葉が掻き消される。これは、会話にならない。意思疎通ができない。こういう場合、どうすれば良いのだろう。……あのオルスでの無駄な裁判を思い出す。いや、あの時ですら、私の言葉は相手に伝わっていた。
ああ。私の声は小さいのだ。身体が小さいからだろうか。声を無理矢理張り上げて私まで感情的になってはいけない。会話が困難というより不可能になってしまう。
「……うるせえなあ〜!」
「!?」
こういう場合、どうすれば良いのだろうか。勿論魔法を使って、今すぐ彼女を黙らせることは可能だ。しかしそんなことをすればもう、彼女との関係性は修復不可能になってしまう。
と、私が考えていると。
もうひとつの魔力を背後から感じて。
同時に上空からバケツを引っくり返したような量の水が、ニンゲンの彼女の頭へと降り掛かった。
「わぶっ!? げほっ! ……!?」
水の魔法だ。近くに居た私にも掛かった。海水じゃない。海から汲んだのではなく、今ここで、生み出した水だ。
「朝っぱらからよぉ〜! 何をキーキー喚いてやがるんだ。権利ザルが!」
現れたのは。
エルフの女性。商会員の服装だった。ピュイアより少し年上に見える。
黄金の髪と瞳と。
私のような白い肌ではなく。褐色の肌をした人だった。




