第57話 平穏を切り裂く悲鳴
「そう言えばピュイアあなた、レンのボディガードと言っていたわね。離れて良いの?」
「あはは! 船だからねー。レンを襲う奴なんて居ないし、レンを殺せる奴も居ないから大丈夫!」
「……そう」
「でも一緒に食べるよ! ほら!」
ギィ、と扉を開く。招かれた部屋は、船内レストランだった。
ワンフロア丸々使っている。クロスの敷かれた円形のテーブルがいくつもあり、そのひとつに、レンが座っていた。
「おーい。こっちこっち」
ピュイアに手を引かれて、同じテーブルに着く。
「初めての船旅はどう? エルルさん」
「ピュイアが案内してくれるから、楽しいわ。本当広いし、何でもあるわね。この船」
「それは良かった。食事は? エルフの人でも食べられる自然食もあるよ」
「……? エルフが食べられなくて、他の種族が食べるものがあるの?」
メニューを広げて3人で覗き込む。オルス語でもキャスタリア文字でもない。私には読めないけれど。
「ええっと。ウチの商会員にもエルフが居てね。加工食品や肉製品を好まないんだ。エルルさんの様子だと、エルフが皆そうじゃないのか」
加工食品。
肉製品?
「毒でないなら基本的には食べる……と、思うけれど。エルフであっても、育った森が違えば文化も違うみたいだから。取り敢えず私は食べられるわ。このメニューの文字は読めないから、あなた達と同じものを頼んでも良いかしら」
「そうなのか。分かったよ」
そんな話は聞いたことがない。確かに、ファルと一緒に暮らして思ったのは、エルフはそもそも他の種族と比べて食べる量は少ないということ。それくらいだ。
「ねえ、レン」
「なに?」
「私の他にも、客……冒険者が乗っているわよね。支部でも活動できるのに、本部へ行く理由があるの?」
「そうだね。ただの移動にこの船を使う場合もある。それに、本部に呼び出された冒険者も居たりする。冒険者は自由だから、特に理由を詮索したりはしないけど。今回はいくつか港を経由するし、そこでの乗船下船もある。今回は見た感じ、ルーキーが多いかも」
「そう。ありがとう」
その後、普通に3人で食事を摂った。ピュイアのオススメの料理は魚を使った料理で、エソンでは食べたことのなかったものだった。とても美味しくて、これからの船旅がより彩られる期待感に包まれた。
私は、自分でも結構単純なんだと思う。気さくで、知的さもあるレンに対して、もう警戒心は殆ど無くなっていた。彼自身いつも亜人と居るからだろうか。ピュイアが心を許しているということもあり、いつもニンゲンの男性に対して抱いていた生理的嫌悪感は、彼と言葉を交わす度に薄れていった。
◇◇◇
私はやはり客人扱いらしく、個室を与えられた。何不自由なく、船内で過ごせる。感謝しなくてはならない。私がもし、あの母から生まれたのでなければ、今ここで享受できなかった利益だ。
魔力侵蝕の波はまだ10日ほど来ない予定だけど、個室はありがたい。
夕食の後、ピュイアとまた話していたけれど。彼女は朝早いらしく、早々に解散となった。私も今日は魔法を使った。ゆっくり休もうと思う。
夜は、外から雨と風の音がしていた。時化が来ていたのだ。慌ただしく動く船員達の声や音が、遅くまで聴こえていた。
そして、次の日。
朝、嘘のような快晴で、波も落ち着いていた。私は起き上がり、部屋を出る。
明かりの無い夜中に外へ出るのは危険だと思い、待っていたのだ。何か手伝うことはないだろうかと、甲板へ出る。
すると。
「キャアアアアアアアッ!」
「!?」
鉄を切り裂くような、高音の悲鳴が聴こえた。




