第55話 驚き訊ね納得する他者との差異
ルーフェ。
ユーマン。
ファル。
そしてレン。
皆、私に優しくしてくれる。私のことを考えてくれている。
これは私の幸運なのだろうか。
「……潮風、ね。少し重い。塩は大地の植物にとって毒と聞いたことがあるけれど。海にも植物はあるのよね」
甲板に出て、波に乗る船の様子を感じる。馬車より大きく揺れる。時折、海水の粒が跳ねてきて冷たい。
独特のにおい。
初めて感じる潮風が、私のエメラルドグリーンの髪を揺らす。
……伸びてきたかな。冬の間、切らなかったから。
「うおっ。エルフ……」
船は大きい。同じく甲板へ出てきたニンゲンの男性が、私を視界に入れて小さく呟いた。私の魔法は聞き逃さない。振り返ると、彼はバツが悪そうに船室へ戻っていった。
今のあれが、普通のニンゲンの反応なのだろうか。
ニンゲンの一般的な社会では、エルフとはどのような種族として教わるのだろう。
「やーっほ。エルル!」
「ピュイア」
その男性とすれ違いで、ピュイアがやってきた。屈託のない笑顔で、羽根の生えた腕を振りながら。小走りで、豊かな胸を揺らしながら。
「どう? 船初めてなんでしょ? 酔わない?」
「……ええ。今のところは大丈夫」
「…………?」
彼女はハーピーだ。外見だけで言えば、ニンゲンから掛け離れている。エルフよりも。さっきのようなことは、私よりも多く経験するのではないだろうか。
「ごめんなさい。私、ハーピーの人と知り合うのも初めてだから。その、ジロジロ見ちゃったわね」
「良いよ全然! 見られるの嫌だったら家から出ないし!」
「……!」
確かにそうだ。外へ出て人と出会うのは、人から見られることは避けられることではなく当然であり、受け入れること。
流石に至近距離でジロジロと見るのは不快にさせるだろうが、あの距離なら気にしなくて良い。
「あたし目立つもんね。ニンゲンの生息地だと。でももう慣れちゃった」
「驚かれるでしょう? 失礼かもしれないけれど、ハーピーってその、服をあまり着ないのね?」
「そうだよね。そこよく言われるー。けどさ、羽毛あるし。要らないじゃん? 着てると飛びにくいしさー」
「…………」
服が何故必要なのか。主に、体温調節と防護だ。それが原初である筈。人の社会では加えて、所属組織の明確化なんかがあるか。それと、自己表現のひとつでもある。
人は普通、服を着るものだ。これは観念と文化。機能性だけでなく、社会性の事柄でもある。
ハーピーがニンゲンの社会とは異なる社会体系と文化を持つのなら、原初の体温調節と防護という目的は、既に羽毛で達成されている。つまりは社会文化が許すなら、服を着る必要は無い。
さらに、飛びにくいという安全面での機能的な欠点さえあるのなら服は着るべきではないとまで言えるのか。
完全に納得した。
けれど、確かに他の服を着ることが普通な種族からすれば最初は驚くだろう。
驚いてから質問して、私のように納得して受け入れれば良いだけだけど。
「やはり、飛べるのね。空を自由に、鳥のように羽ばたけるの?」
「無理!」
「えっ……」
即答。した瞬間に。ピュイアは甲板を蹴って浮き上がり、そのまま上昇した。
魔力の流れが見えた。
「魔法……!」
羽ばたく。けれど、その翼は空気を掴まえるだけ。あの大きさの翼では人の体重を持ち上げられない。だから不思議に思ったのだけど。
ピュイアは船の周りを軽やかに一周して、ふわりとまた私の前に着地した。
「ハーピーの翼は姿勢制御用。風に乗れば多少は滑空できるって程度なんだー。後は魔法だよ。空飛べないと一人前じゃないから」
優雅だった。鳥のように見えた。自然の風と、共生しているように。
私も飛べるけれど、それは無理矢理浮いている、落ちていないだけという力技だったのだとここで気付いた。