第54話 旅を始める為の冒険
「おおーい何やってんの」
ハーピーの女性とふたりして首を傾げていると、船の上から男性の声が降ってきた。
「よっと」
そのまま、声の主も船から飛び降りてくる。ドン、と着地。私より遥かに重そうだ。ニンゲンの男性。それもこれまで私の出会った、ヒューイやユーマンより若い。
「レン! このエルフ変だ! 答えないぞ!」
ハーピーの女性が男性へ伝えた。男性はくすりと笑って、女性の頭をポンと撫でた。
麦色の短髪。臙脂色の目。彫りが深い顔。四角い身体付き。袖の短いシャツに裾の短いズボン。水夫なのだろうか。四肢は筋肉が発達している。
「俺の真似したかったんだろピュイア。俺の質問は『エソンから来たか』? だ。それならイエスかノーで答えられる。聞いていたけど、お前のは『どこから来たか』? だろ。それはイエスでもノーでも答えられないぜ」
「えっ。あたし『どこから来たか』? って訊いた!?」
直ぐ様私を見た。
「……ええ。確かにそう訊かれたわ」
「…………!!」
私と彼とを、交互に見て。ぐるぐる首が動いて。少し可笑しかった。
◇◇◇
「いやー。ごめんごめん。あたし馬鹿だからなー」
「構わないわ。改めて、私はエルル。冒険者ギルド本部へ行きたいの」
ニンゲンの若い男性、レンに事情を説明して、船内へ招かれた。入ってすぐのフロアはカモフラージュの為に商船を装うような内装だったけれど、その奥の客室はユーマンの居た執務室のような雰囲気だった。ソファに案内されて、ピュイアの向かいに座る。
私の後、数人の乗船を確認して。船はあっさりと出港した。後で甲板に出てみようと思う。
「あたしはピュイア! 商会員だよ! 船の見張りと受付担当! あとレンのボディガード!」
「商会員?」
ばさりと、腕を広げて自己紹介したピュイア。羽根が抜けて舞うけれど、気にしていない様子だ。そう言えば、さっき見たフロアにも羽根は散乱していた。彼女のものだろう。
「初めて聞くとややこしいだろうな。アーテルフェイス商会は冒険者ギルド本部行きのカモフラージュと同時に、本当に商会もやっていてな。冒険者向けに商売してる。提携会社って所かな。俺やピュイアは冒険者じゃないんだ」
麦色の髪の男性が、飲み物を淹れてピュイアの隣に座った。出されたカップには、赤黒い液体が注がれている。
「俺はレン。レン・アーテルフェイスだ。商会の……副代表って所かな。それはベテルギウスってブランドのコーヒーだ。美味しいぜ」
「……いただきます」
警戒は解かない。いつでも備えている。見た感じは話しやすそうで気の良い人だけれど。油断はしない。
若い男性。ニンゲンの。
「ユーマンさんから聞いてるよ。『エルフの姫』エルルさん。俺達が責任持って、本部まで送り届ける」
「ええ。お願いするわ」
質問、して良いのだろうか。アーテルフェイスという名前について。
少し、様子を見たい。
「ヒメ? なにそれ」
「巨大森の女王居るだろ? あの人の娘さんだ」
「ふーん。……あー。島の年寄りが言ってた奴かー。あたし知らないんだよね。昔の伝説? でしょー?」
「だろうな。若い連中は気にしないだろ。だが、これから知ることになる。ギルドマスターもそう言ってたしな」
エルフの姫。その言葉が何か、ひとつの意味を持っているようで。ひとり歩きして、皆が口を揃えて言う。勝手に私をそう呼び、期待する。私だけが、それが何かを知らない。
まずはその謎を解きたい。ギルドマスターとやらに会えば解けるのだろうか。
母と冒険者との間に、何があるのだろうか。
それを終わらせてから、ようやく私だけの本当の旅が始まる気がする。




