第53話 得意気な自由を表す紋章
私には、地獄耳の魔法がある。魔力の粒を風に乗せて拡散させる。その魔力を回収して、魔力が見聞きした情報を得るものだ。
「!」
決闘の開始と同時に、ニードは横飛びして木々に隠れた。巧みに位置を変えながら、私の隙を窺うつもりだ。
「…………」
森で。
私に。
「取ったっ!」
「何を?」
背後から、彼の鉄剣が迫る。今の私は目を閉じていても避けられる。
私に反射神経や動体視力は無い。それがあれば少しの魔力強化で弾くこともできたかもしれないけど、今は避けるか受けるかしかない。受ければ魔力消費が激しい。しゃがみ込んで避けた。
「なっ!?」
「あなたもさよなら。あなたからも勉強させて貰ったわ。……報酬は、払わないけれど」
「!!」
風の魔法。
こればかりやっていたから。もう手足のように扱える。彼を街の方角へ、思い切り吹き飛ばした。
「にっ! ニードォ!」
取り巻き達は飛んでいくニードを追って、森から出ていった。
「……ふぅ。できることなら誰とも戦いたくないけれど」
彼はプライドのあるニンゲンだった。武力で劣る者を見下す性格ではあるけれど。私に対して闇討ちをせず、決闘を申し出た。
何か思想に取り憑かれている主義者という訳でも無い。ただ単純な人で、自分に自信があって、自分より弱い人を軽んじていただけの人。
御すのは簡単だ。
簡単でないのは、主義者や宗教者だ。女性は劣等だと決め付けている人。エルフは劣等だと断言している人。
北シプカへ行けば出会っただろう。私は回避できたと喜ぶべきか。
ともかく、港町ユダスを目指す。
◇◇◇
ボー、と。汽笛の音がした。春になって、船が多く活発に動き出したのだろうか。
森の向こうに光が見える。新たな始まりを予感させるような、陽の光が。
「港」
初めて見る。変な形の岸だ。四角い。真っ直ぐの辺があるから、船が接着しやすいのだろう。
船。水の上を渡る乗り物。海にエルフは居ない。森に川はあったけれど、船を使うほど大きくない。どこかのエルフは葉で船を編むらしいけれど、私が育ったのはそれとは違うエルフの文化だ。
大きい。家どころか、城ではないかというくらい。あんな大きなものが水に浮いている。不思議だ。ニンゲンの発見した賢い理論があるのだろう。
森を抜けた所から、街を一望できた。街全体が坂道になっているのだ。白くて四角い屋根の建物が階段のように並んでいて、一番上であるここからは何も遮るものが無く、海を望める。
どこからか、陽気な楽器の音がしている。魔法で聞く街の人の会話も楽しそうだ。
私までなんだか楽しくなって、リズムに乗って階段を降りることにした。
◇◇◇
街を行く。市場を通る。誰も私を気にしない。ニュースで取り上げられたとは言え、誰も興味ないだろう。私の素性に関してはルーフェが何とかしてくれているのかもしれないけれど。
この街も見て回りたいけれど、素通りだ。もう乗船の手続きはエソンで終わっている。私は船着き場まで降りて、その船を探す。
「…………アーテルフェイス商会」
マークが見えた。ユーマンに教わった通り。翼の紋章。両翼ではない。片翼の文様。
「おやお客さんかい」
「!」
その、声の前に。バサリ、と。鳥の羽ばたくような音がした。
振り返ると、ハーピーの女性が空から着地する所だった。
茶色い羽毛の生えた上半身。腕から伸びる翼。衣服は下半身だけだ。腰巻きから鳥類に似た脚が見え隠れしている。
羽毛で乳頭は隠れているが、豊かな胸が揺れている。
「こんにちは。私は――」
「待った」
「!」
自己紹介をしようとして、翼と融合したような手で制された。
目を合わせる。黄色い宝石。ツリ目がちだ。自分に自信がありそうな表情。分かりにくいけれど、年齢は私よりいくつか上のように見える。
「最近、べらべら要らないことまで喋る客も居てね。……イエスかノーで良いよ。『どこから来たの?』」
「…………?」
「…………?」
その質問に。私は固まった。
どうやってイエスかノーで答えるのだろう。




