第46話 悍ましい犠牲の末に生まれた子
「異種族同士を掛け合わせたハーフというのは、昔から金持ちのニンゲンの道楽として造られてきた」
フーエール氏の診察とは、私を見ることだ。触診などは不要で、私が魔法使いの魔力を視るように、彼も私を一瞥しただけで、私の体調を把握することができる。
私は、しばらくこのベッドから動けない。動いてはいけないらしい。宇宙魔力の体内洗浄は薬によって短時間でできたけれど、魔力侵蝕の方がかなり深刻らしいのだ。その重さが、ニンゲンが魔法を恐れることを物語っているようだった。
つまり、当初の予定だった、ギルド本部へは行けなくなった。このエソンで、冬を越すことになる。本部へ行く船の乗船は来春まで延期となった。
「エルフとドワーフ。エルフとマーマン。ドワーフとリザードマン。ゴブリンとハーピー。……狂気の道楽は終わらない。勿論、ニンゲンはニンゲンの間で順番を付ける。奴隷のニンゲンと亜人との間でも、盛んに行われた」
「…………悍ましい」
強制性交の恐怖と嫌悪感、不快感は身を以て体験している。私にとっては、吐き気を催す邪悪な行為だ。
それが、よく行われていたと。
「そんな子は、どうなると思う?」
「…………さんざ遊ばれて、殺されるだけ」
「そうだ。というか、いくつかの組み合わせでは、そもそも長く生きられなかった。殺さなくともすぐに死んでしまうのだ。最長でも、出産から3ヶ月ほどで」
「…………そんな」
恐らく、フーエール氏はそんな子達を実際に診てきたのだろう。キャスタリア大陸で、ニンゲン社会で活動する医者である彼は。見る限り高齢だ。数百歳でもおかしくない。
「10……いや、もうすぐ12年か。そこまで長く生きた異種交配児は、私が生きてきた中では君が初めてだ」
「!」
私は本来なら。3ヶ月で死んでいた。
「君は、異例尽くしなんだ。何もかも。冷たい檻ではなく、温かい揺り籠に生まれたのも君が初めてだろう。愛情を以て育てられたのも。そして……。唯一であり、最後のハーフだね」
オルスでは、母の決起を発端に亜人保護の協定が世界中で、表向きに結ばれた。それは世界中に広がっていった。
目に見える迫害は無くなった。けれど差別意識が変わる訳ではない。
「一度、『亜人病院』で精密な検査をすることを勧めるよ」
「亜人、病院?」
「正式名称は、多様種族総合病院だね。誰でも利用できる病院。だがまあ、ニンゲンは来ない。少しキャスタリアから離れるが……レドアン大陸にある。今すぐとは言わないが、考えておいた方が良いね」
亜人病院。
私の育った巨大森が、オルス大陸の亜人女性の駆け込み寺だとしたら。そこはレドアン大陸の、亜人全体の駆け込み寺だと言う。
科学、医学の発達によって、種族それぞれの特徴や病気、生理などが判明されていった。ある亜人種族では呪いとされていたことでさえ、医学で暴かれ、ただの病気だと判明し、治療法が確立された。
ニンゲン社会で生きなければならない弱者である亜人から絶大な支持を得ている病院だという。そこでは施設、機材、研究機関が揃っており、もしかしたら私のようなハーフのことにも詳しいかもしれないと。
「……蔑称だ。自称はするべきじゃない。……『エルゲン』と言えば、エルフとニンゲンの子――広くは亜人とニンゲンの交配児を指す。覚えておきなさい。いつそれを言われても、きちんと激怒できるように」
「…………」
私を知ることは、歴史を紐解くことで。
世界を知ることは、ニンゲンを学ぶこと。
私という存在を使って、冒険者ギルドが何をしたいのか。
少しずつ、分かってきたような気がした。




