第45話 千年を生きる恨み
あれから数日が経っている。私の体内の宇宙魔力はもう殆ど抜けきっているようで、再度宇宙へ行かない限りは問題ないとのことだ。
私の半身、ニンゲン部分への魔力侵蝕については、これから私が魔法を使う限り、付き合っていく問題だという。1日に使用する魔力の上限を決める必要がある。その境界線の感覚を掴むために、また魔法の訓練をしなくてはならない。これも、フーエール氏の指導の元。これは私の努力次第で時間が解決するだろう。魔法の操作と魔力の管理は得意だ。
そして、目下最大の問題は、ニンゲンのメス特有の、『第二次性徴』についてだ。
「私も、すっごく悩みました。どんどん自分が、知らないモノへ変わっていく気がして。周りの、特に男子の視線とか、すっごく気になって。同い年の女の子は今どんな状態なのか、とか。母から聞いていたんですけど、やっぱり血を見ちゃうと怖くなって」
「…………誰しも一度は経験する、通過儀礼のようなものなのね」
この件に関しては、エルフ男性のフーエール氏よりも、ディレから詳しく聞くことができた。私の股には血を染み込ませる為に丸めたリネンがあり、数時間に1度替えなければならない。それを、ディレが進んで手伝ってくれている。
「……エルルさんは、今11歳でしたよね」
「ええ」
ニンゲンのメスは、子供から大人になる段階で、劇的な変化が起こる。
私の周りは、大人ばかりだった。ルフは幼く見えたけれど、そう見えるだけだった。私だけが子供だった。
いや。
エルフには、無いのだろう。だから、母でさえ、知らなかったのだ。あの森にはニンゲンは居なかったから。無かったのだ。エルフには。だから教わらなかった。
「身体が大人になって、赤ちゃんを授かることができるようになった証だって。私達は習いました」
「…………赤ちゃんを」
「エルフって、とっても寿命が長いんですよね」
「……そうね。祖母は140を超えてから母を産んだそうよ。母も、120を超えてから私を産んだ」
「凄い。ニンゲンはそうはいかないんです。大体、30〜40代くらいかな? で、もう産めなくなっちゃうんです。勿論個人差はありますけど。そもそも100歳まで生きるって事自体、ニンゲンでは殆どありえないので……」
「…………私は」
「あっ」
私が調べるべきは、エルフの身体のことと、ニンゲンの身体のこと。どちらも分かっていなければならない。けれど。
私自身は、どうなんだろう。どうなるんだろう。私が知りたいことは、ハーフのことだ。
◆◆◆
「前例か。……無い、と言って良いね」
「…………そう」
フーエール氏にも訊く。彼はエルフもニンゲンも診れる。けれど、ハーフについては。
「エルフとは、亜人の代表のような立ち位置にある種族だ。ニンゲンと亜人の関係性を左右する場には常に、立たされてきた。矢面に。……分かるかね」
「最も恨み合っている種族同士」
「正解だ。……医学的には、確率は低いがハーフは生まれる。それは君が証明している。が……。現実問題、生まれる機会は殆ど無い。戦争の当事者であるからだ。ニンゲンは100年経つと代替わりして恨みは薄れるが、エルフは違う。数千年と生きる者も居る。その間、恨みは忘れない。ニンゲンの亜人差別も凄まじいが、エルフのニンゲン嫌いも相当根深く激しい訳だね」
そんな中、私はどうして生まれたのだろう。母は、父は。
…………?
あれ。
「戦後、街に留まるしかなかったエルフは性暴力に見舞われたと母から聞いたわ。私のように、ニンゲンの男性に襲われた結果生まれた子供は一定数居るのでは?」
「…………そうか。女王エルフィナは、そこまでは教えなかったのかね」
「……!」
ズン、と。
嫌な予感がした。フーエール氏は。少しだけ、怪訝そうにして。
何か、嫌なことを言うつもりで、すう、と小さく空気を吸った。




