第44話 暗黒に囚われる邪悪な心
しばらくして、フーエール氏が訪ねてきてくれた。ユーマンと一緒に。
「大丈夫なのかい」
「……ええ。今のところは。……部屋を、汚してしまってごめんなさい。それに机も破壊してしまったわ」
「ああ。あれは丁度古くなっていて替えようと思っていたんだ。寧ろ助かったよ。床の汚れはディレが綺麗に拭いてくれたし。君は気にしなくて良い」
「…………そう。分かったわ」
それを鵜呑みにはできない。きっと、一般の宿泊者がこんなことをすれば弁償だろう。だから私は、必ず弁償をしなくてはならない。
「それで、先生」
「ふむ。椅子が足りんね」
「あっ。すぐ持ってきます!」
ユーマンは私に気遣うためだけに来た訳ではないらしい。フーエール氏の話を聞くつもりなのだ。ディレが慌てて出ていき、人数分の椅子を持って戻ってきた。
◆◆◆
「『魔力汚染』。……『魔力侵蝕』。いくつかの症状に見られる特徴が出ている。それに加えて、恐らくはニンゲンの特有の……」
どれも聞いたことの無いもの。フーエール氏はそれから少し言い淀んだ。きっと私の真実をユーマンやディレに聞かれることを気遣ってくれているのだと分かった。だから目を合わせて、頷いた。
「……性徴期のニンゲンのメス特有の、生理的症状も重なっているだろう。……だがそれらだけではない。とにかく色んなことが、同時に発生したと考えられる」
「………………ニンゲン特有の症状……!」
私がエルフであるのは、外見だけだ。心のどこかで、私はエルフだという観念があった。今それに気付いた。
母から聞かされていたのに。私とニンゲンとの間には、別種という壁があると思いこんでいたのだ。
「……オルスのニュースは知っている。ここへ辿り着き、緊張が解けたことも要因だろう。それと……。魔力汚染についてだが。これは宇宙魔力をどこかで浴びたと思われるが。どうかね?」
「…………宇宙、魔力」
「そうだ。空を越えた先の暗黒空間。そこには、亜人を含む人体に悪影響を及ぼす有害な魔力が満ちている。暗黒魔力とも呼ばれる。心当たりはあるかね?」
「……!」
私はここで。
絶望した。
「…………風の魔法で上へ行ったわ。宇宙を見たかったから。……空気のある境目まで行って、すぐに降りてきたけれど」
「ほう。凄いね。その歳で飛翔魔法をそこまで使えるのか。間違いなく原因はそれだね」
檻じゃないか。
大地から離れ過ぎると、暗黒魔力によって全身から血が吹き出て死ぬ。そんなの。
また、鳥籠に囚われる感覚がした。
「魔力侵蝕とは、魔法使いの種族以外の種族が、急激に魔力を体内に取り込み、身体が拒否反応を起こすことで出る症状だ。恐らくは――」
「……私が、ニンゲンとのハーフだから」
「――だろうね。君の魔力と魔法の才能は素晴らしいが、身体がそれに追い付いていない。今後も度々、これが起きると考えなさい。これは、君がハーフであることで、一生、付き合わなければならない問題だ」
「…………そんな……っ」
夢に出てきた、あのニンゲンの男性が脳を過ぎった。
彼の血が、私の足を引っ張っている――
会ってもない、居るかも分からない人に対して失礼なことを考えてしまった。
私の心はどうやら、エルフ族に帰属していながら。
ニンゲンのように、邪悪になっていっているようだ。




