第43話 無抵抗で恩を受け続ける雛
次に目が覚めた時。
目だけ、開いた。身体は動かない。痛みは……あまり分からない。痛いのか痛くないのか、曖昧だ。重く痺れているような気がする。ともかく、動けない。
光の加減で大体の時刻が分かる。丁度朝であるらしい。カチャカチャとベッドの周りで音がする。この音で起きたのだろう。
「…………ディレ?」
「はい。あっ。起こしてしまいましたね」
「……おはよう。悪いけれど、上体を起こしてくれる?」
「大丈夫ですか?」
「ええ。頭痛は殆ど治まっているわ。首から下は、動かないけれど。フーエール氏の言葉は本当だったわね」
朝から、私の部屋で私の世話をする為に来てくれていたのだ。なんとありがたいことだろう。彼女の仕事は本来ギルドの受付である筈だ。
彼女に起こして貰って、壁を背に座る。
「お薬、飲みましょうか」
「……ええ。ごめんなさい、腕も動かないの」
「分かりました」
フーエール氏が来た時はもう少し動けた気がするのだけど。どうしてか、全身が怠くて重い。無理矢理コップを持てばきっと、落としてしまう。身体の魔力はまだ、乱れている。
「どうして、私の世話をこんなにしてくれるの? 私にとってはありがたいけれど、不思議は不思議だわ」
「それは……」
薬を飲ませて貰ってから。それを訊くと、ディレは少し恥ずかしがるように視線を落とした。
「……私、看護師になりたいんです。勉強中で。シプカの看護資格はちょっと難しくて。ギルドには、それまでの生活費を稼ぎに来ているんです」
「…………看護師」
「だからって訳ではないですが……。支部長に、エルルさんのこと、頼まれちゃって。受付も先輩とかと代わって貰ってて。それで……」
「…………ディレ」
「はい」
名を呼ぶ。彼女は視線を上げて私と合せた。
彼女は、私の部下ではない。メイドではない。教師ではない。
私はギルドメンバーではないし、依頼人でもない。
今、私と彼女の間で関係性を表現する言葉を見付けることは難しい。
「あなたはもう立派に看護師よ」
「えっ」
私に何かを教えようとする教師以外で。こんなに尊敬できる人が現れるのだ。これだから。
自然と笑みが溢れる。
「国の資格とか、技術や知識は関係ないわよ。私にとって、あなたは立派な看護師で、今実際にとっても助かっている。本当にありがとうディレ。あなたのお陰で、私はまたひとつ、ニンゲンの好きな所を知ることができたわ」
「…………!」
思うことがある。
私は、出会いに恵まれているのではないだろうか。
例えば、森から出て会った全てのニンゲンが、私に悪意を持っていたなら。その可能性は充分にある。だとしたら。
今、ここで。こんな気持ちにはなっていないだろう。強く思う。
「……どうして泣いているの」
「いえっ。……ごめんなさい。なんでもありません」
今、私は無防備だ。誰かに襲われたら何も抵抗ができない。私を守ってくれる人も居ない。
一人旅とは、そういうことなのだ。責任とはこういうことなのだ。
私は人より魔法を扱えて、空も飛べて。
けれど、弱く幼く、未熟な子供なのだ。勇み足で巣立った所で、結局誰かの助けが無いと簡単に死んでしまう。
「…………」
受けた恩を感じているのなら、別の誰かに返してあげて。
ルーフェの言葉だ。
今の私に、そんなタイミングは来ない。恩を受けるばかりで、返す相手も居ない。悪党以外は、私の恩など必要無いくらいの賢者しか、外の世界には居ないと分かったから。
「……体調、大丈夫そうならフーエール先生をお呼びしますね」
「ええ。お願いするわ」
私は巣立った鳥ではなく。
無謀にも自分の意志で巣から飛び降りた愚かな雛に過ぎない。
……そう思いたくは、ないけれど。




