第42話 曖昧に微睡む世界の境
断られた。
「表情と魔力の流れで分かる。頭痛が治まっていない。今難しい話を聞いてあれこれ考えるのは苦痛の筈だ。まずは、快復に専念しなさい。頭だけなら数日で和らげられる。身体の方は時間が掛かる。この薬を――飲めるかね」
全てを看破された。確かに今、何も考えられないほどに頭痛が酷い。
差し出されたのは、巨大森にもあった薬だった。ルルゥやルフも持っていた。母の寝室にもあった。薬の材料を細かく砕いた顆粒を、エルフのハーブと呼ばれる葉で包み、包んだ口を魔法で接着してから包んだ部分だけを切り取って球状に整えた、小さな丸薬。入っている内容物は症状によって異なるのだろうが。オルスの病院では見なかった。あれはエルフの薬なのだ。
「…………」
無意識に受け取ろうとして、はっと警戒を思い出して。
氏の言葉がやはり私の全てを看破していると悟り、大人しく受け取った。
相手もエルフ。私が男性に対して警戒していることを魔力の流れで既に気付かれていた。
「賢い子だ」
「……まだまだ未熟で、愚かです」
既に手に持っていたコップを傾けて、丸薬を流し込む。苦い。このハーブも自生していた場所はオルスではないだろうに、どこでも同じ味なのか。
「君の身体がどうなっているか、君の身体に何が起きているか。もう凡そ分かっている。今は、薬を飲んで休むことだ。私はしばらくこの町に居よう。ではな」
「…………はい」
「起きている時はなるべく水分を取ること。薬は3日分置いておこう。朝と夜に1粒ずつだ。3日後に様子を見に来る。それまで、食事はしてはいけないよ」
「…………はい」
この人は信頼できる。
いや、人間性はまだ分からない。そこはまだだ。
けど、医療という分野では、間違いなく信頼して良い。今の未熟な魔力でもそれは分かった。
「えっ。3日、飲まず食わずですか?」
フーエール先生が椅子から立ち上がった時に、ディレが気付いたように訊ねた。
「ああ、エルフは大丈夫なんだよ。食事を摂らないということはどういうことか分かっている筈だ」
「……そうなんですか」
「ええ。大丈夫よディレ。私も一応、エルフだから」
私が同意したことでディレは取り敢えず納得したらしい。先生が退室する際にぺこりと腰を折って頭を下げていた。ニンゲンの挨拶の仕方のひとつだ。
「……本当に大丈夫ですか」
「…………ええ。少し、また眠るわ。起きた時に、お水を用意してくれるとありがたいわ」
「はい。お世話、させてください。なんなりと」
「……ありがと……」
「私、エルフのことは分からないので、なんでも言って――……あっ」
何でも言って。
お世話させてください。
優しい言葉を余韻に、私はまた微睡んでいった。
「……お休みなさい」
◆◆◆
夢を見た。
森の中。歩いている。魔法は使えない。
はっとして頭を触る。耳が、ひどく短いのだ。
夢の中で、私はニンゲンになっていた。
森では、エルフ達と出会う。そのひとりひとりに対して。
どのように騙そうかと、思案する私が居た。
吃驚だった。私の中のニンゲンには、そういった思考回路があった。ごく自然に。どのように騙して、利益を不当に得ようかと。常にそう思っているのだ。
私はもしかしたら。
私が、教師の言葉を疑う愚者なのは。
私の半分が、ニンゲンだから、じゃないだろうか。
「タダで泊めて貰えるんですから、甘えたら良いじゃないですか。得なんですから」
声がした。声の主はディレだ。そうだ。今、夢なのか現実なのか分からないけれど。あの、彼女の不思議そうな表情はそう語っていた。
なるほど。それがニンゲンの考え方なのだろうか。ならば宿泊費を払うつもりの私は、エルフなのだろう。
けれど、ニンゲンの考えにも納得できる私は、ニンゲンなのだろう。
色々な考え方を受け入れようとしていた訳ではなく。ニンゲンの考え方だから。私が半分ニンゲンだから、納得できていただけなのだとしたら。
私はどうすれば良いのだろう。どうなるのだろう。
私はエルフの姫で。
ニンゲンの子。
夢と現実が曖昧だ。私と同じで。




