第41話 儚き夢に見る自分の根源
夢への解釈は、歴史や世界を学ぶ上で興味をそそられた記憶がある。
ある古代国家では、神官という役職者が満月の夜に見る夢によって国の行く末を占い、王に進言していたという。
またある研究によれば、見た夢の内容によって、その人の性格や悩み、その解決方法などが判断できるという。
夢と現実は密接で、信仰にも繋がり、神の国とも繋がる道であり。
一般人でも手軽にできる神秘体験として、広く認知されていて。
脳の休息であり、記憶を整理している過程で過るノイズであるという説もあって。
夢を見た。
母が居て。その隣に、男性が立っている。
彼の顔は分からない。笑っているのは分かるけれど、どんな人物か、形をなしていない。
ただひとつ、耳が短くて丸い。目も鼻も分からないのに、それだけがハッキリ分かる彼の特徴だった。
安心感と嫌悪感を同時に持った私は、男性へと手を差し出すのだ。握手の為に手を開いているのか、殴打する為に拳を握っているのか、自分でも分からない。
私はきっと、彼に対して怒っている。けれど、心のどこかで彼を望んでいることにも気付いている。
私はエルフと、ニンゲンの間に生まれた子。
私の姿形はエルフだったけれど、きっといずれ、成長するにつれて出てくるのだろう。そんな予感はある。私にもある、ニンゲンの部分が。
私を形作るものであり、私を置いていったものであり、エルフと対立する者達であり。
その男性に対して感じるのは、怒りと悲しみと、慈しみだった。
少しだけ、意識がはっきりしてくる。ああ。夢だ。もう覚めるだろう。
折角なので、はっきりと夢の中で拳を握って。
彼を殴っておいた。
◆◆◆
「………………」
身体が怠い。動かない。腕や足の節々が痛い。筋肉や骨が痛む。同時に、擦り傷や切り傷が身体中で痛みを叫んでいると分かる。
頭痛はまだ続いている。お腹も重いままだ。ただ、感じる感触は暖かく、柔らかかった。あの固い床じゃない。冷たい水じゃない。
ベッドの上だ。ふわふわの掛け布団を掛けられている。
「…………ん」
魔力も少ない。上手く魔法は使えなさそうだ。また水を暴発させるといけない。なんとか自分の力だけで、上半身をゆっくりと起こした。ああ。頭が揺れる。
「…………」
ぼんやりとしていた視界が少しずつはっきりしてくる。木材を加工して敷かれた床には血痕が残っていた。私の血だ。私に破壊された机は撤去されている。私を助けて、掃除をしてくれた人が居るのだろう。お礼をしなければならない。
「……い……っ」
腕。包帯が巻かれていた。頭もだ。後頭部を触ると、大きくコブができていた。その頂点はきっと出血していたのだろう。
怪我の応急処置まで。
服は着ていなかった。全て脱がされたのだろう。怪我の処置には必要だ。それに、旅の泥だけでなく血も着いてしまった。ルーフェから貰った服を汚してしまった。
「こちらです先生……あっ」
「おや、起きているね。気分はどうかね」
ふたり、部屋へ入ってくる。ひとりはディレだ。もうひとりは、小柄で痩躯な、老齢の男性だった。白衣。恐らく医者なのだろう。
「………………」
医者、なのだろう。
落ち着け。今私は魔法を使えない。魔力を…………。
「……エル、フ」
「ああ寝ていなさい。君の事情はここへ来るまでに聞いた」
エルフの男性だ。耳が丸くなくて普通だった。今は少ししか感じないけれど、きっと魔力もある。
初めて出会う、エルフの男性。
「ご気分いかがですか? フーエール先生は隣町からいらっしゃってくださったんです。エソンには、エルフのお医者さんは居なくて。私、エルフのこと、その。分からなくて」
「……ディレ」
「はい。大丈夫ですか? お水飲みますか?」
机は撤去されているけれど、椅子は倒れたまま残っている。それを立たせて、この男性は座った。
「ありがとう。いただくわ。……先生、大丈夫です。聞かせてください。……私の身体のこと」
「……ふむ」
エルフの、医者。
訊きたいことが多すぎる。私は頭とお腹の鈍痛に耐えながら、ディレからコップを受け取って。
半口飲んで。鼻から息を吸って、口から吐いて。
フーエール氏と目を合せた。




